伝わった・・・?





 

第四話







『呼んでもいないのに』
このひとことが賢悟の気持ちを代弁していた。
「ゴ、ゴメン!ゴメンナサイ!!!」
大志は慌てて立ち上がった。もうここにはいられない。
早く帰ろう。
自分はここには必要のない人間なのだから。
これ以上賢悟の口から言わせてはいけない。
賢悟は何も言わずに大志から離れようとしたのに、無神経な自分が追いかけてきてしまったのだから。
エントランスの前、賢悟と美波を見たときにわかっただろう?
ふたりが並んでいることがとても自然だったことに。
賢悟にはいろいろと言いたいことがあったけれど、おそらく賢悟は聞きたくなんてないだろう。
今じゃなくてもいいから。
いつか賢悟に伝えよう。
『ありがとう』って。

カバンを拾い上げると、律儀に買ってきたドーナツの箱をテーブルに乗せ、ペコリと頭を下げると、キッチンを横切って玄関に向かった。
「えっ???ちょ、ちょっと大志くん!どこに行くのよ!?」
驚く美波を振り切ってスニーカーを引っ掛けてドアノブを掴んだ瞬間、思ったのと逆にノブが回り、ドアがニュッと開いた。
「ただい・・・・・・あ、あれ?おまえ・・・・・・何してんだ・・・?」
「も、森下先輩・・・???」
思いもよらない人物の登場に大志は目を丸くした。
「大志くんってばっ、あっ、亨介、おかえり!」
すっかり逃げることを忘れた大志の腕を、美波はしっかりと掴んで、森下に笑いかけている。
いろんなことで頭がごっちゃになって呆然としている大志に、森下は言った。
「おまえ、人の部屋に上がりこんでおいて、帰ってきた家主に挨拶もなしか・・・?」
「や、家主???森下先輩の???だって、ここは―――」
ふと玄関脇のシューズボックスに目をやると、そこには鮭をくわえた熊の木彫りの置物。
こんなもの、賢悟が好き好んでこんなところに飾っておくわけがない。
森下ならありえそうだけど。もちろんギャグとしてだが。
「あれ?賢悟くんってば話してなかったの?もう仕方ないなぁ」
頭の中でクエスチョンマークがオンパレードの大志を見て、察しの良い森下は全てを理解したのか、大志に向かってニヤリと笑った。
「おまえ、わけわかんないままここにいるのか?てか賢悟に会いに来たんだろ?あれ?賢悟は・・・おいっ、賢悟!」
賢悟を呼ぶ森下の声に大志は慌てた。
こんがらがったままで整理できていないまま、賢悟と顔を合わせることに気が引けたのだ。
ひとつ大きく深呼吸をして考える。
賢悟の部屋だと思っていたここは森下の部屋で、その森下を親しげに呼び捨てにする美波は賢悟の部屋だと思っていた森下の部屋を勝手知ったる様子で自由に振舞っていて、その美波が森下に寄せる視線に甘さが含まれているように思えるのは
―――美波が森下の彼女だから・・・・・・?

そんな結論に達しながらも、まさかそんな都合のいいオチが待っているとは考えづらく、もういちど目の前にふたりをまじまじと見つめれば、美波が不思議そうに見返してくる。
「え〜っと、あの・・・美波さんと森下先輩って、その・・・あの・・・・・・」
「付き合ってるの。私のほうが少し年上なんだけどね」
「ほ、ほんとに?マジで???」
「おまえにウソついたって何の得にもならないだろ!」
呆れたように大志を見た森下は、戸惑いを隠せない大志の表情に、何かにピンときたようだ。
「もしかして、おまえ、美波が賢悟の彼女だって勘違いしたんじゃないだろうな・・・?」
ウッと黙り込んでしまった大志に肯定を確信したようだった。
「美波、ちゃんと説明してなかったのか?」
「えっ、説明って・・・そんな風に思われるなんて考えてもみなかったし、私が飲み物の用意してる間に賢悟くんが話してるって思ってたのにね、突然大志くんってば帰ろうとしちゃうから、ほんとびっくりしたよ〜」
勘違いだったんだ・・・・・・
ほっとしたのと同時に恥ずかしさでいっぱいになった。
おれってすんごいバカじゃねぇ???
勢いだけで賢悟に会いにやってきて、ろくに話もしないうちにひとりで勝手に暴走したのだから。
どんな顔をして賢悟に会えばいいのかもわからないから部屋に戻ることもできず、だけどせっかく誤解も解けたのにこのまま辞去するのももったいないくて、大志は玄関に立ちすくんでいたが、ツンツンと肘でつつかれ我に帰れば、目の前に不機嫌極まりない表情の賢悟が立っていた。
「け、賢悟さん・・・・・・」
大志の呼びかけに少しだけ視線を合わせてくれたけれども、すぐにスッと逸らされた。
やっぱり迷惑だったんだろうか・・・・・・
そういえばナベがどうとかって言ってたもんな・・・・・・
予定を狂わされるのが大嫌いな賢悟だから、きっと大志の突然の来訪を歓迎していないのだろう。
この部屋に大志を上げたのも、美波が強引に誘ったからだ。
やっぱり帰るべきなのかも・・・・・・
美波が賢悟の彼女でないことはわかったけれど、それは大志の勝手な誤解であって、それと賢悟の意思とは別問題。
賢悟が大志の来訪を歓迎していないことは明らかだ。
賢悟のこんな顔を見に来たわけじゃない。
賢悟のことだからもろ手をあげて大歓迎されるとは思ってはいなかったけれども、少しでも大志のことを思ってくれているのなら、こんなに不機嫌にはならないはずだ。
「すみません、突然押しかけてきちゃって。やっぱりおれ帰ります」
賢悟は何も言わない。
「元気そうで安心しました。賢悟さんの顔見れて嬉しいです。満足しました」
じゃぁ、と森下と美波にも挨拶をして、今度こそ立ち去ろうと玄関の方を向いたとき、腕にぬくもりを感じた。
「賢悟・・・さん・・・・・・?」
ギュッと掴まれた強さに、何だか帰るなと言われてる気がして。
「あ〜もう、賢悟、そいつを連れてとっとと自分の部屋に戻れ!」
はい、これ、と美波から差し出された白いビニールには、森下が買ってきたらしい、たこ焼きが1パック入っていた。












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