伝わった・・・?





 

第三話







「この季節にナベってどうかと思うんだけど?」
「冷房をガンガンに効かせれば問題ないじゃない?」
「そこまでして鍋が食いたいか」
「だって、何でも食べたいものを言えって言ったのは賢悟くんじゃない」
上品な栗色にカラーリングした髪を綺麗にカールさせ、清楚なワンピースをお洒落に着こなした女性の傍らで、スーパーの白い袋を提げながら笑っているのは、大志の待ち焦がれた想い人だった。
楽しそうな掛け合いの会話は、慣れ親しんだように違和感が無く、遠慮なんて少しもないように聞こえる。
あんな風に会話ができるのは昨日今日の付き合いじゃないってことくらい大志にだってわかる。
視線は二人から話せないまま、声をかけることもできず、大志はその場に突っ立っていた。
何か言わなくちゃと思うのに、どう言えばいいのかわからなくて。







「あれ・・・?」
突然の彼女の声に大志がハッとわれに帰れば、賢吾が驚きを隠せない表情でこちらを見ていた。
その形相があまりに怖くて、大志は二人にペコリと一礼すると、荷物を掴んで駆け出した。
「ち、ちょっと待ってよ!大志・・・くんでしょ?」
思いがけず名前を呼ばれて足を止めれば、彼女が小走りでそばまでやってきた。
「大志くん・・・だよね・・・?」
どうして彼女が自分の名前を知っているのか、疑問に思いながらも、間違ってはいないから素直にうなずいた。
「やっぱり!話に聞いてたとおりなんだもん。すぐわかっちゃった!」
くったくのない笑顔を向けられて、大志は複雑な表情を見せた。
近くで見ると、かわいいというよりは綺麗で洗練された女性で、賢悟よりも少し年上ぽく思える。
「賢吾くんに会いにきたの?そうよね、賢吾く〜ん、何してるのよ!」
んもうっ、とつぶやいた彼女は大志の腕を取り、ズンズンと賢吾の方へと引っ張ってゆく。
何がなんだかわからないまま、大志は彼女に引きずられるようにして賢吾の前に連れていかれた。
「賢吾さん・・・・・・」
数ヶ月ぶりに会う賢吾は、少し輪郭がシャープになったような気がするが、それがなお美貌を際立たせていて、少しだけ上向き加減に大志を見上げる視線は身震いがするほど綺麗だった。
数ヶ月ぶりの再会。
待ち焦がれて、嬉しいはずなのに、胸が詰まって言葉が出ない。

賢悟の方も何も言わずに口を噤んでしまっていた。
無言のまま向かい合って、賢悟を見つめ続けている大志とは反対に、賢悟は気まずそうに視線を逸らす。
戸惑いを隠せないまま、大志は思い切って口を開いた。
「賢悟さん、あのっ、おれっ―――」
「こんなところじゃゆっくり話もできないでしょ?とりあえず部屋に行きましょうよ」
不穏なふたりの間で、ひとりニコニコと楽しそうな彼女の明るい声だけが、耳に響いたのだった。







****     *****     *****







「大志くんは何飲む?」
「えっ、あ、別に何でも・・・・・・」
「だめよ、遠慮しちゃ。暑い中ずっと待ってたんでしょ?あ、私はね、賢悟くんと同じ大学に通ってる、相田って言います、相田美波。今さらだけど初めましてだね。で、大志くん、アイスコーヒーでいい・・・?」
物怖じしない美波に押されながらも頷くと、「賢悟くんもそれでいいよね?」と、勝手知ったるがごとくキッチンへと消えていった。
通されたのは10畳ほどの1ルーム。
フローリングに色彩豊かなラグが引いてあり、そこにガラステーフルとソファ。
壁際のデスクの上にはパソコンが設置されているだけで、綺麗に整頓されていた。
ベッドがないと思っていたらロフトになっているようで、反対側の壁側にはクローゼットとロフトへの小さな階段が備え付けられていた。

大志の全く知らない賢悟の世界がここにはあった。
カラカラと氷とグラスが触れ合う音を聞きながら、大志と賢悟は無言で向かい合っていた。
明らかに大志の来訪を歓迎していない賢悟の態度に、大志の気持ちはすっかり萎えていた。
再会して数十分。
ひとことも話してくれない賢悟は大志と視線を合わそうともしなかった。

気まずい空気の中、大志はここに来たことを猛烈に後悔していた。
会いたいと思っていたのは、どうやら自分だけだったらしいと気付いてもすでに遅い。
来なかった返事が賢悟の答えだったのに、ひとり舞い上がって気付かなかった。
いや、気付かなかったフリをしていただけなのかもしれない。
賢悟と一緒に時間を過ごせたのは、地方のなんてことのない街の、交友範囲も限られた小さく狭い空間の中だったから。
もっと広くて自由な世界に飛び出した賢悟が、大志の存在なんて忘れてしまっても仕方がない。
傍にいることができたあの頃は、大志にとっては大切な忘れられない時間でも、賢悟にとってはすっかり過去の無意味な時間だったのかもしれない。







もしかしたら、忘れてしまいたい、無かったことにしたいのかも・・・・・・
男同士で付き合ってたってことを。
加えて男とキスまでしてしまったことを。







「どうして・・・・・・」
「えっ・・・?」
「どうして来たんだ・・・?呼んでもいないのに・・・・・・」
賢悟の言葉に、頭をハンマーで殴られたような、プラス心臓にナイフを突き刺されたような痛みを感じ、大志は息を飲んだ。











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