伝わった・・・?





 

第ニ話








住んでいる街とは比べものにならない人ごみの中を、大志はたった一枚のメモを頼りに歩いていた。
ネットで下調べした通り、無事乗り換えを済ませると、空いている席に腰を下ろしホッとため息をつく。
思ったよりも車内が空いているのは、数分ごとに電車のダイヤが組まれているせいなのだろう。ドラマで見る満員電車を想像していた大志はいささか拍子抜けした。
車内は静かで、誰もがみな周りに関心なさげに本を読んだり目を閉じたりしている。
大志はケータイを取り出し、キー操作をしようと指を動かそうとして・・・パチンとフリップを閉じた。
今日の訪問を、賢悟には知らせていない。
知らせていないというよりも、返事がこなかったのだが。
学園祭も盛況のうちに終了し、毎日の忙しさから解放された大志が一番にしたことは、短期のバイトを探すことだった。バイトは禁止されているが、そんなことは言ってられない。
とにかく往復の旅費、しかも向こうでの滞在時間を長くするためには、往復新幹線利用するしかなく、それなりにまとまったお金が必要だったのものの、すずめの涙ほどの小遣いでは、いくら昼を抜いて頑張ってみても片道の旅費さえもままならない。こんなことなら貯金をしておけばよかったと後悔しても後の祭りだ。
短期間で割りのいいバイト、しかも学校にバレないという条件ではなかなか見つからないだろうと思っていたのだが、運良く日給制の引越しのアルバイトをゲットし、二週間分の週末にガッチリ働いた。
受験学年となった大志には、夏休みには予備校の講習会が待っている。
成績はさほど悪くないから、高望みしなければ今までの勉強方法でもそれなりの大学には合格するだろう。
だけど大志は高望みしたいのだ。
それはもちろん来年から賢悟と同じキャンパスで過ごすためだ。
それにはかなりの努力が必要だし、少しばかり苦手の英語をかなり頑張る必要がある。
だからきっと夏休みは賢悟に会うことはかなわないだろう。
だからこそ、まだ微妙にゆとりのある今のうちに会っておきたかったのだ。
『会いに行ってもいい?』
そうメールに書いたのは先週のことだが、まだ返事は来ない。
すぐに返信が来ないのは承知していたが、返事を待っている時間さえも惜しくなって、週末を利用して新幹線に飛び乗ったのだ。
突然の訪問を、賢悟はどう思うだろうか・・・?
それ以前に、この時間、賢悟がアパートにいるかどうかもわからないのだが。
やりとりした数回のメールでも、賢悟の多忙さを知ることができた。
大志が想像していたよりも大学というところは忙しいらしく、加えてアルバイトも始めたようだった。
メールの返事がくるのも、いつも遅い時間だ。
一度声が聞きたくて、メールが着信してすぐに電話してみれば、かなり疲れたような声だったから、それからは電話も遠慮するようになった。
今日は土曜日で大学の講義も休みのはずだが、果たして賢悟は部屋にいるだろうか?
やっぱり電話して確認したほうがいいだろうか?
そう思う反面、突然訪ねて驚かせたいという気持ちもあって。
ケータイをパチンパチンと落ち着きなく開閉させていると、目的の駅名のアナウンスが聞こえた。







****     *****     *****







降り立った駅はさほど大きくはないが、商店街があり、それなりに人の賑わいのある、住みやすそうな町だった。
ファッションビルや大型スーパーはないし、バスターミナルもないここが、あの人で溢れた場所から電車で数駅の場所だとは思えないほどに庶民的だ。
一応商店街の入口にはファーストフード店が2つとチェーン展開しているカフェがあるけれども。
「え〜っと、銀行のある通りを真っ直ぐ進んで・・・・っと」
メモを確認して、商店街とは逆方向にある銀行を目指そうとしてはたと気付く。
「せっかくなのにおれって手ブラじゃん」
新幹線に乗る前に手土産を買おうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
キョロキョロと辺りを見回し、見知ったドーナツ店で、賢悟の好きだった種類のドーナツをいくつか見繕った。
昔からの古い住宅と新しく建ったのだろう住宅が混在する街並みの中を、大志は地図を頼りにゆっくりと賢悟のアパートへと向かった。
途中にコンビニを見つけて、ここを利用しているのだろうかと、知らない場所で新しい生活をひとり送っている賢悟の生活模様を想像しては嬉しくなる。
小さな郵便局にクリーニング店、見るものすべてに賢悟を感じてますます胸が高鳴った。
10分ほど歩くと、メモに記されたの同じ、レンガ色の建物が見えてきた。
「あ、あれかな・・・?」
傍の電柱に貼り付けてある住所表示を確認すれば、それに間違いないようだ。
賢悟の通うマンモス大学まで1駅という立地条件からか、目当ての建物は3階建ての学生向けマンションのようで、大きめの駐輪場が隣接しており、自転車が所狭しと並べてあった。
「すっげえキレイじゃん」
思わずひとりごちってしまったのは、大志が想像していたものとは比べ物にならないくらい、おしゃれで素敵な外観の、洋館風の建物だったからだ。
以前からあった建物を改装したのか、それともわざと古い赤煉瓦を使用しているのかはわからないが、周りの雰囲気にも自然に溶け込んでいて、大志はマンションを見上げた。
しばらくそうしていたのか、視線を感じてふと見やると、犬を連れた女性が不審そうな目で様子をうかがっていた。
大志はあわててエントランスを探した。












外観は古い洋館風なつくりでも、マンションとしての機能は最新設備を搭載しているらしく、玄関はオートロックになっていて簡単に入り込めそうになかった。
「ど、どうしよう・・・・・・」
おそるおそるルームナンバーをプッシュしてみたけれど、インターホンからは何の応答もない。
ケータイに連絡してみようかとも思ったけれど、ここまできたら賢吾を驚かせたい気持ちが大きくなっていて、それももったいない気がしていた。
よくあたりを見回してみれば、マンションと道路を挟んだ向かいに小さな公園を見つけ、そこで賢吾の帰りを待つことにした。
待っている間に考える。
大志を見つけた瞬間、賢吾はどんなリアクションをとるだろう・・・?
喜んでくれるだろうか・・・?

それとも迷惑そうな顔をするだろうか・・・?
会えなかった数ヶ月、大志は賢吾のことを思わない日はなかったけれど、賢吾のほうはどうなのだろうか?
大志のことを思ってくれた時間はあっただろうか?
嫌われてはいないはず。キスだって許してくれるし、抱きしめれば抱き返してもくれる。
ただ、それ以上の関係にはまだ至っていない。
何回かそういう雰囲気になったことはあったけれど、最初の数回は大志に強引さが足りなくてコトに至ることができなかった。後の数回は賢吾に上手く・・・逃げられたというかかわされた。
そのうち賢吾の受験がせまり会う回数も制限され、そしてロクに別れを惜しむこともないまま、現在に至るのだ。
賢吾に会いたいという気持ちと同じくらい、いやもしかするとそれ以上に大志は不安だった。
環境がかわっても、大志の気持ちが変わらない自信はあるが、賢吾もそうかと言われれば全くといっていいほど自信がないのだ。
小学生の頃まで外国に住んでいたという帰国子女の賢吾にしてみれば、キスなんて挨拶程度のコミュニケーションなのかもしれない。
それでもそばにいるときには、そんな不安も心の奥底にしまいこむことができたけれども、離れてしまったらそうもいかない。
メールの返事すらまともにくれない賢吾だから、このまま自然消滅してもおかしくなかった。
だから、大志は無理をしてでも賢吾に会いたかった。
会って、ちゃんと気持ちを聞いて、離れていても大丈夫だという確固たる自信が欲しかったのだ。
しかし、会いたいという気持ちを胸に抱いて勢いでここまでやってきたけれど、いざとなるとここにきて不安が大きくなる。
早く賢吾に帰ってきて欲しいような欲しくないような・・・・・












気がつけばあたりが真っ赤に染まっていた。
見上げれば綺麗な夕焼け空。こんな都会の真ん中でもこんな綺麗な風景に出会えることに感動しながら時計を確認すると、すでに数時間が経過していた。
よくそんな長い時間をほんやりと過ごしていられたものだと関心しつつケータイのメールを確認してみても、どうでもいいようなメールばかりに落胆する。
ハ〜ッとため息をついて、傍らのドーナツの箱に目をやった時、聞き覚えのある声が耳を掠めた。
慌てて立ち上がって、マンションの方に目を向けて。
大志はその場に立ち尽くしてしまった。











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