伝えたい。
 その伍








「こんな遅くに、こんなとこからごめんなさい」
とりあえず非常識なことには間違いないから、大志は素直に謝った。
「そんなことは聞いてない。何の用なのか聞いてるんだ」
苛立ちを含んだような口調は、時間がもったいないと暗に示しているようだ。
見上げればそこには大好きな人。
だけど大志はその大好きな人の、こんな表情を見に来たわけではなかった。
突然の訪問は、大志の予想以上に賢悟の不快を買ってしまったらしい。
大好きな人の、今年最後に見るのがこんな表情で、その原因を作ったのが自分だということはとても悲しいことだけれど、時間を戻すなんてことは不可能なのだから仕方がない。
怒ってしまった相手がどうすれば機嫌を直すのかなんて大志にはわからないし、もしわかっていたとしてもそれを卒なくこなせるほどに器用でもない。
気の利いた言い訳でさえひとつも浮かばない。
だから大志にできるのはただひとつ。
自分の気持ちに素直になることだけだ。
「ほんと、邪魔するつもりはなかったんです。岬さんが一生懸命なの、わかってるつもりだし」
「それならどうして―――」
「会いたかったから!」
大志は賢悟を真っ直ぐに見据えた。
ほんの少しだけ、賢悟の双眸が揺らいだように見えたが、かまわず続けた。
「正直に言えば、一緒に年を越したかった。一緒に除夜の鐘を聞きたかったし、年が明けて初めての会話は岬さんとしたかった。もっと言えば一緒に初詣にも出かけたかった。でも、全部無理だって。岬さんが寝る間も惜しんで頑張ってるのに、オレには邪魔なんてできないから・・・・・・」
賢悟がふいと視線を逸らしたのを見て、大志の心がズキンと痛んだ。
賢悟の立っている暖房の効いた部屋と、大志の立っている師走の冷たい空気に包まれた外。
それと同じくらいに、賢悟と大志には相手を思う気持ちに温度差があるのかも知れない。
いい1年だったと思っていた。
いや、確かに17年間の人生で最高の年だった。
それが最後に大どんでん返しを食らってしまった。
やはり、あの格闘家のように、果敢に立ち向かっても全てがうまくいくはずがないのだ。
静寂の中聞こえた小さなため息が大志に最後の一撃を食らわした。
いくら何でもこれ以上嫌われたくはない。
「結果的に邪魔することになってしまってすみませんでした。会えて嬉しかったです」
沈んだ気持ちとは裏腹に、大志はにっこり笑顔を作った。
落ち込んだ表情を見せれば、きっと賢悟は困るだろう。
どんなに容赦なく接しても、本当は優しい人であることを、大志は知っているから。
窓枠にかけた手に視線を落としたまま、大志の方を見ようともしない賢悟に淋しさを覚えながら踵を返して、手にしていたビニール袋の存在を思い出した。
「岬さん」
呼ばれてやっと顔を上げた賢悟に袋を差し出す。
「これ、差し入れです。一服した時にでも食べてください」
受け取ろうとしない賢悟の手をとり、強引に袋を持たせれば、触れた手の温かさになぜか泣きそうになった。
「じゃあ、良いお年を」
賢悟の部屋の壁にかかっている時計は12時5分前を指していた。
あと少しで年が明ける。
あと少し会話を引き伸ばせば。
そんな姑息な考えが頭を過ぎり、未練たらたらの自分に笑いたくなった。
結局のところ、どんなに冷たくあしらわれようが、賢悟にすっかり心奪われてしまっているのは事実で、どんなに容赦ない言葉を浴びせられようが、賢悟のテリトリーに少しでも入ることを許されていることが嬉しくてたまらないのだ。
今日ここにこなければ、こんな切ない気持ちにならなくても済んだかもしれないが、ここに来たからこそ、今年最後の日に賢悟の姿をこの瞳に映すことができたのだ。
その代償として少しばかり大志の心は傷ついたけれども。
いつまでもここにはいられないと、逃げるように賢悟に背を向けた時だった。
「・・・・・・らしくない・・・」
深夜でなければ聞き逃してしまいそうな小さな呟きが聞こえ、大志は振り返る。
「えっ?なに―――」
「らしくないって言ったんだ」
らしくない・・・・・・?何が・・・・・・?
「あの・・・・・・岬さん・・・?」
手渡したビニール袋を握り締めたまま俯いている賢悟に、大志はおそるおそる近づいてみる。
「岬・・・さん?」
その顔を覗き込めば、キッと睨みつけられた。
「おまえの信条は、『鬱陶しいくらいに強引』じゃなかったのか?」
予想外の展開に、大志は驚いきの眼差しで賢悟を見上げた。
「ダメだと言っても、無理だと言っても、しつこいくらいに粘ることじゃなかったのか?」
何だかものすごく失礼なことを言われている気がしたが、いつものことだし、こんなことはまだまだ序の口だ。
もちろん賢悟相手に大志が不快な気持ちになれるはずもない。
「それなのに、クリスマスも、大晦日も、そして今も・・・・・・」
そう言って、賢悟は口を噤んでしまった。
「岬さん・・・・・・」
それは・・・・・・
もっと強引に誘ってもよかったってこと???
もっともっと押しに押して、賢悟が首を縦に振るまでしつこく何度も誘えばよかったってこと???
そうすれば・・・・・・
賢悟はクリスマスも、そして今日も大志に時間をくれたのだろうか。
あまりに賢悟のことを想う気持ちが強すぎて、すっかり見失っていた肝心な部分を大志は漸く思い出した。






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