伝えたい。
 その六








賢悟のことを見つめてきてもうすぐ2年になる。
ストレートでない優しさや、本音を隠してしまう性格に、最初はかなり手こずったし今でも戸惑ってしまうことが多い。
まだそばにいることが許されなかった1年前、密かに森下に探りを入れたとき、彼は言った。
『あいつはわかりにくいし扱いにくいぞ?』
何を言っているんだと思った。
なぜなら賢悟の人当たりの良さは有名で、賢悟に優しくされてのぼせ上がっているヤツを何人も知っていたからだ。
あの外見にあの性格。
特に1年生にとっては憧れの人ナンバーワンだったからだ。
それがどうだろう。
大志の告白を受け入れた後は、コロッと態度が一変したのだ。
もちろん大志に対してだけだ。
しつこく付きまとう後輩と、それを軽くあしらう先輩。そんな構図が出来上がってしまった。
受け入れてもらったものの、あまりの賢悟のつれなさに、嫌われているんじゃないか、退屈しのぎに遊ばれているんじゃないかと悩んだ時期もあったけれど、逆に、そういう態度から垣間見える賢悟の真実の姿に、大志はどんどん惹かれていったのだ。
そしてやっと、森下の言葉の意味がわかりかけてきたのはここ最近のことだった。
賢悟のことを理解できたのが嬉しくて。
つれなくされればされるほど、もしかして好かれているかも・・・なんて考えると浮かれてしまって。
もっと好きになってほしい、どんな言葉でもいいから気持ちをぶつけてほしい、そう思っていたのに。
人間は欲を出すと、見失ってしまうものがある。
大志の想いと同じくらい賢悟にも好きになってほしいから、嫌われたくないと守りに入ってしまった。
不快な気持ちにさせたくないから、らしくもなく自分の気持ちを押し込めてしまった。
自分の気持ちを押しつけて相手のことを考えないのはいいことではないけれど、それは相手によるものだ。
恋愛のカタチなんて千差万別。
誰にも迷惑かけず、ふたりがよければそれでいいのだから。
「もしかして待ってた?」
俯き加減の顔を覗き込めば、ふいと視線をそらしてしまう。
「ねえ、岬さんてば」
「待ってなんてない。ただおまえが、いつになくあっさりと引き下がったから」
「引き下がったから・・・なに?」
「拍子抜けしただけだ」
そうきたか・・・・・・
何がなんでも本音を言わない賢悟が、大志は愛しくてたまらなくなった。
「岬さん、家中真っ暗だったけど、ご家族は?」
少しばかり話を変えてやる。
「今日の昼から田舎に帰ってる」
「岬さんは?ひとり残ったんですか?」
まるで誘導尋問のような大志の言葉に、賢悟は慌てて否定した。
「おれは予備校があったから残っただけだ。断じておまえを待ってたわけじゃ―――」
「誰もそんなこと言ってませんよ?」
すると、いつも冷静で顔色ひとつ変えない賢悟の耳が赤くなった。
それで大志は満足だった。
確実な言葉なんてもらえなくても、賢悟の気持ちは大志に伝わったから。
ピピピピピピピ・・・・・・・・
大志のコートのポケットから無機質なアラーム音が鳴り響く。
「あ、年が明けましたよ、岬さん」
ケータイのアラームをちょうど0時にセットしておいたのだった。
「明けましておめでとうございます」
答えはなかった。
おそらく、感情を吐露してしまったことがたまらないのだろう。
賢悟の性格では、今日はもう大志と目をあわせてくれそうにない。
いつだって賢悟の方が大志よりも一段上で悠に構えていたのだから。
もしかして、屈辱〜なんて思ってるのかも・・・・・・
それならそれでそっとしておいてやろうと、大志は最後に賢悟に声をかけた。
「じゃあ、おれ帰ります。家抜け出してきたんで」
やはり返事はなかった。
「ほんと、こんな時間にすみませんでした。今さらだけど風邪ひくといけないから・・・じゃあ」
そう言って窓を閉めようとした賢悟の手が、突然ぬくもりに包まれた。
「岬・・・さん?」
それは、重ねられた賢悟の綺麗な手で・・・・・・
すぐに離れていったかと思うと同時に賢悟も窓を離れて部屋の奥へと消えていった。
ガサガサと何かを探ってる様子に大志が訝しんでいると、差し出されたのはチャコールグレーの手袋。
何が何だかわからない大志の手をとると、賢悟はその手袋を大志につけた。
「遅くなったけどクリスマスプレゼントだから!」
覚えていてくれたのだ。手袋を落としてしまったと話したことを。
学食での何気ない会話の中でだった。だいたいにして、大志が一方的に話していることが多いのだが、賢悟はその間も黙々と口を動かしているか、はたまた参考書に視線を落としているかで、大志の話を聞いているのか聞いていないのかも定かではなかったのだが。
この人は・・・どれだけ人を惑わせれば気が済むのだろう。
そして、どれだけ好きにさせれば満足するのだろう。
冷たくかじかんでいた指先を、賢悟の心のこもったプレゼントが温めてくれる。
礼を言おうと、手元から視線を上げた瞬間、くちびるにふわりと柔らかいものがふれた。
ウソ・・・・・・
ウソじゃない。
ゆっくり離れてゆくのは、どう見ても賢悟の端正なつくりの顔で。
ということは、いま触れたのは・・・???
「みっ、岬さ―――」
「始業式までずっと予備校だから邪魔するな。メールも禁止だ。わかったな」
「メ、メールもぉ?」
「新年早々言わせる気か?おまえはおれに受験を―――」
「わ、わかりました!わかりました!」
「じゃあな!」
有無を言わせずピシャリと窓を閉められ、おまけにカーテンまで引かれてしまった。
まったくもってキスの余韻もありゃしない。
でも・・・・・・
「キスしてくれたんだ・・・・・・」
もちろん賢悟からキスしてくれるなんて初めてで、まだ胸の鼓動が止まらない。
触れるだけの、かもすれば1秒にも満たない、初々しいキスだった。
もしかしてもしかすると。
賢悟は大志の想像以上に好意を持ってくれているのかもしれない。
大志の賢悟への恋が、一緒に育てる愛に変わる日は近いかもしれない。
「いつまでそこにいる気だ!」
「すっ、スミマセン!」
にやけ顔をピシャリと叩き気合いを入れて、大志は未練を残しつつ窓から離れた。
フワフワした気分でペダルを踏みながら、くちびるの感触を思い出しては笑みを漏らす。
会えないのは淋しいけれど、時には我慢も必要だ。
しばらくはひとり余韻に浸って過ごそうと考え、はたと気付いた。
「メールも禁止って言ってたけど・・・あれはメールをしろってことなのか?」
すごすごと引き下がって言われるままにメールをしなければ今日の二の舞になりそうだが、約束を破ってメールをしたらばそれはそれで容赦なく責められるような気がする。
「あ〜もしかしておれって、すごい人につかまったのかも知れない・・・・・・」
どうやら正月早々悶々と悩んで過ごすことになりそうだと、大志は覚悟を決めたのだった。



 

おしまい






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