伝えたい。
 その四








冷たい夜風が無防備な頬に突き刺さる。
いつもなら人通りも少ない時間帯だが、今日ばかりは初詣に近所の神社に向かう家族連れやカップルが目につき、まもなくやってくる1年の終わりを目の前に、逸る気持ちを抑えることができない。
勢いよくペダルを踏みながら、賢悟のことを考える。
やっぱり勉強しているんだろうか・・・・・・
机に向かって静かにペンを走らせる賢悟の姿が自然と頭に浮かんだ。
ほぼ合格間違いないと、教師には太鼓判を押されているが、賢悟が手を抜くことはない。
それどころか、年末年始の予備校通いだ。
妥協を許さない、何事にも真摯に一生懸命な賢悟をカッコイイと思う。
途中コンビニで、賢悟の好きなフカフカのあんまんと暖かいカフェオレを買った。
外見に似合わず甘いものが好きな賢悟をまたかわいいと思う。
そんなことを言ったら殺されそうだけど。
最初に興味を引かれたのは、外見だった。
その存在に気付いたのは入学してまもない頃の学食だった。
『そこ、空いてるのかな?』
友人のために取っておいた席のことを問われて、断ろうと顔を上げた瞬間から、大志の心は賢悟でいっぱいになった。
『ど、どうぞ』
気がつけばそう口走っていた。
ブレザーの袖からのぞく手首は細く、箸を持つ指先は繊細で、均整のとれたバランスの良い体格の上には、恐ろしく綺麗な顔がついていた。
騒がしい学食の中、静かに箸を動かすその人を意識しまくって、定食の残りはノドを通らなかった。
チラッと盗み見て、黙々と咀嚼する口元にさらに鼓動が高鳴ったのを覚えている。
名前なんて調べなくてもすぐにわかった。校内でも有名な人だと知っても全く驚きはなかった。
それから大志は美貌の先輩を目で追いかけ続けた。
みんな同じ制服を着ているのに、その人だけは違って見えた。
その人のいる場所だけ、特別な色のついた世界のようだった。
追いかけていれば、必然的にいろいろな情報を知ることになり、ますます想いは募ってゆく。
そして爆発寸前だった想いを賢悟にぶつけて、やっと賢悟の内側に少しだけ入れてもらえるようになったのだ。
だから大志にとって今年は特別な1年だった。
もっと言えば、生まれて最高にスペシャルな1年だったのだ。
だからこそ、そのラストを飾るのは、肝心な賢悟でなければならない。
賢悟と一緒でなければ、来年を迎えられない、先に進めない、そう思うのだ。





そうこうしているうちに、賢悟の家に到着した。
が、もうすぐ新年を迎える大晦日の家にしては静まりかえっているし、玄関ライトも消えている。
「あれ・・・?」
門から中を覗いてみても、どの部屋も電気が消えて真っ暗だった。
「もしかして・・・・・・留守???」
玄関チャイムを鳴らそうとして躊躇った。
大晦日だからと全ての家庭が夜更かしをするわけではない。
いつも通り眠りについているのかもしれない。
普通に考えればこの時間は、訪問するには非常識な時間なのだ。
「おじゃましま〜す・・・・・・」
小さく声をかけ、静かに門をくぐると、ゆっくり賢悟の部屋へと向かう。
玄関を右に、縁側のある客間の前を通り過ぎ、左に折れた奥が賢悟の私室だ。
芝生が敷き詰めてあるから足音も気にならないが、それでも静かに歩を進めた。
玄関から見える部屋には全く明かりが灯っていなかったが、奥の賢悟の部屋の窓からは明かりが漏れていて、大志はホッと胸をなでおろした。
そのままゆっくり窓に近づくと、フーッと一息ついてから、小さくノックしてみる。
微かに中で人の動く気配がしたかと思うと、ジャッとカーテンが開かれた。
温度差で曇ったガラス窓のせいで、賢悟だと確かめることができないまま、大志は少し声を大きくした。
「岬さん・・・?オレ・・・・・・永島です」
カチッと鍵の解かれる音がして、大志は心でガッツポーズした。
「みっ岬さん!」
やっと会えた喜びで満面の笑みを浮かべる大志とは対照的に、不快感を露わにした表情の賢悟が大志を見下ろしていた。
「いったいこんな夜中に何の用なんだ?」
怒りを抑えたような憮然とした賢悟の口調に、大志は一瞬にして歓迎されていないことを痛感した。
手放しで歓迎されるとは思っていなかったし、ある程度予想はしていたが、さすがに面と向かって感情を露わにされると浮かれた気持ちも瞬時に沈んでしまった。






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