伝えたい。
 その参








遠くに小さな歓声が聞こえる。
ゆっくり瞼を開くと、大志は人工の光に眼を眇めた。
徐々に覚醒する意識の中、賢悟のことをあれこれ考えて悩みながら眠ってしまったことに気付き、こんな時でもガアガアと眠ってしまえる図太さに自分がイヤになる。

「はぁ〜」

うーんと伸びをしてため息をつきながら、部屋に響く音のほうに視線を走らせギョッとした。
「マ、マジで???」
画面の中では、ひとりの格闘家がこぶしを掲げ、観客に自らをアピールしていた。それは格闘技番組ではよく見る、勝者のガッツポーズだったが、観客のボルテージがいつにも増して高いのは、その男が、下馬評低く、体格の違いや実戦の経験から総合的に見ても勝ち目がないといわれていた選手だったからだ。
しかも相手は前回決勝まで駒を進めた、かなりの実力者だった。
大志は格闘技が好きだ。
スポーツは何でも好きだが、何の道具も持たず、頼れるものは過酷なトレーニングにより鍛えた身体と精神力で身体ごとぶつかり合う格闘技は特に好きで、雑誌や新聞でもニュースをチェックしているくらいだ。
特に、番狂わせと言われるような試合――小物が大物を食うような――にめぐり合うと、カーッと身体が熱くなる。
「すっげぇ・・・やるじゃん」
誇らしげな選手に煽られて、歓声が一段と大きくなる。
勝利に酔いしれ、ある意味酩酊状態にあるのだろう。その選手は恍惚の表情を浮かべていた。
それは全力を尽くしたものだけに与えられる、栄光の証だった。





気がつけば、拳を握り締めていた。
なんてらしくないんだろう。
オレはこんなヤツじゃなかったはずだ。
押して押して押し捲って。
いつだって自分に素直だったはずだ。
賢悟を好きだという気持ちは真っ直ぐで、迷いなんてなくて、もちろん恥ずかしくもなかった。
いつだってストレートに賢悟にぶつかっていたのだ。
玉砕覚悟で。
それなのに、いつから守りに入っていたのだろう。
つれない態度を見せながらも、最後にはいつだって大志を受け入れてくれる賢悟。
デートして、手を握って、キスをして・・・・・・
見ているだけだった憧れの高嶺の花との距離がぐんと縮まって、思い描いていた夢が現実となった。
嫌われてはいないはず。大志の気持ちと比べると温度差があるように思えるけれど、賢悟も大志に好意を抱いているからこそ、許してくれるのだ。
それならもっと好きになってほしい。
願わくば、大志が賢悟を想う気持ちと同じくらい、賢悟も大志を好きになってほしい。
そう思い始めたころからだろうか。
欲が出てくると同時に不安も顔を出し始めたのは。
好きになってほしいから、嫌われたくない。
嫌われるくらいなら、今のままでいい。
ちょうど賢悟の受験への追い込みも重なり、大志も無理強いをしなくなった。
一緒に帰ろうとか、休日に会いたいだとか、口にはしてみるものの、以前ほど無理は言わない。
クリスマスだって、そして今日だって、いつもよりは少しばかり粘ってはみたものの、結局は諦めてしまった。
迷惑になりたくないという気持ちも大きいが、それ以上に弱気になっている自分がいるから、悶々と悩んだりマイナス思考になってしまうのだ。
もう一度アタックしてみようか・・・・・・
どうせ一度は断られているのだ。鬱々としたまま年を越せば来年も引っ張りそうで嫌だった。
年の最後くらい、自分らしく行動したいし、そうしてもいいんじゃないか。
予備校だの受験勉強だと言っていたけれど、何時間も一緒にいたいなんて言わないから。
ほんの数分でいい。
顔を見て、言葉をかわしたい。
握りしめていたケータイをメールモードに切り替えて、大志の指の動きが止まった。
そういえば・・・・・・
告白した時も、キスをしたときも、どの場面を思い出しても、それらを許してくれたのは大志が賢悟の不意をついた時だった。
セオリー通り呼び出すこともせず、帰り道を待ち伏せて突然想いを打ち明けた。
ファーストキスは大志が賢悟の隙を狙って奪ったのであって、見つめ合って目を閉じて・・・なんていうものじゃなかった。
今メールで賢悟の都合を聞いたら・・・・・・断られるような気がした。
というか、すでに断られてるし・・・?
開けたケータイをパタンと閉じる。
それなら押しかけて行こう。
賢悟の部屋は珍しく一階にあるから、そっと窓をノックすれば家族の迷惑にもならないだろう。
現在11時過ぎ。
賢悟の家までは自転車で30分。ちょうどいい時間じゃないか???
ベットから飛び降りると、ささっと身支度を整え、部屋を飛び出した。






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