伝えたい。
 その弐








結局そのまま冬休みに突入。
クリスマスも彼女のいない友人たちと過ごした。
もちろん心から楽しめるわけもなく、頭の中も心の中も占めるのは大好きな賢悟のことばかり。
ケータイに電話するのも憚られ、メールなら邪魔にならないかもと何度か送信してみたけれど、「勉強中」だの「仮眠中」だの短い言葉の返信があるのみで。
たまらなく顔を見たくなって、一度予備校の前で待ち伏せしたら、学校でもいつも一緒にいるクラスメートの森下と、プリントを見ながら真剣な顔して出てきた賢悟に、どうしてか声をかけることができなかった。
その姿が視界に入れば、飛びつかんばかりの勢いで賢悟のもとに突進し、森下に「永島は賢悟のことが大好きなペットの犬みたいだな」とからかわれることしばしば。もちろん森下には、賢悟との関係は内緒にしてあるから、ただの先輩を慕う後輩としか映っていないだろうが。
どうしてあの時声をかけるのを躊躇ったのか。
おそらく、賢悟と自分の置かれている立場の違いを痛烈に感じたから。
自分はまだ2年生で、そろそろだと言われても、進路を考えるのはやっぱりまだまだ先のことで、自由な時間を気の向くままに過ごすことができる。
しかし、賢悟は受験生で、しかもかなり優秀な受験生で、今はそれ以外のことを考える時間も余裕もないのだ。
もし自分も受験生だったら、賢悟と同じ年だったら、同じ目標に向かって同じ思いで毎日を過ごすことができるのに。
一緒に予備校に通ったり、帰り道に図書館に寄ったり・・・・・・
そんなことばかり考えているうちに今年最後の日を迎えてしまった。
朝早く叩き起こされ、毎年恒例になっている家族総出の大掃除にかりだされ、荷物持ちにと買い物につき合わされ、気がつけば紅白歌合戦の始まる時間だった。
年越しの準備が終われば家族にとって大志は用なしで、自室でゴロゴロしていても文句は言われない。
テレビのチャンネルを格闘技に合わせて、ゴロンとベッドに寝転がった。
今ごろどうしてるのだろう。
どうしてるって・・・受験勉強してるに決まってるじゃないか。
酷く真面目な性格だから、自分自身手を抜くことが許せないだろうし、たくさんの人の期待を裏切るなんてできないから、入試当日まではひたすら参考書に向かうのだろう。
もちろんそれは他人のためではなく、賢悟自身の希望であることは、森下から聞かされたことだ。
賢悟は自分のことをあまり語らないから、必然的に森下から情報を得ることになっていた。
学校では、賢悟は大抵・・・いや必ずといっていいほど森下と行動を共にしている。
それは、賢悟をずっと見てきた大志には周知の事実だ。
おそらく賢悟は、大志に言えないことだって森下には話しているのだろうし、大志が知らないことだって森下はたくさん知っているに違いないのだ。
受験の相談だって・・・・・・
そして、ふと思う。
それじゃあ、賢悟の中の自分の存在価値はなんなのだろう。
頼りになるわけでも、ましてやされるわけでもなく、ほんの少しの会う時間でさえも作ってもらえなくて。
入学してすぐに賢悟の存在を知り、教師からも一目置かれる美貌の先輩に憧れを抱いた。
憧れが恋にかわったきっかけなんてわからない。いつの間にか好きになっていた。
焦がれる想いを抑えきれなくなって、玉砕覚悟で告白したのは、学年が変わった桜の季節。
男が男を好きだなんておかしいのは自覚していたし、おそらくそんなこと言われても相手は迷惑この上ないこともわかっていたが、それでも告白に踏み切ったのは、単なる大志の勝手な自己満足だ。



『好きなんです』



決死の告白の答えは、変態なんていう侮蔑の言葉ではなかった。



『そばにいちゃダメですか』



思わず漏らした願望に、賢悟は表情を変えることなく言ったのだ。
『好きにすれば』と。
以来、大志はその言葉どおり好きにさせてもらっているわけで。
休み時間ごとに賢悟の教室を訪れたり、昼休みを一緒に過ごしたり、登下校を共にしたり。
おかげで大志は校内一の有名人になってしまった。
好きにしていいと言ったものの、賢悟は大志に対して容赦なく、甘い態度ひとつ見せてくれたことはない。
鬱陶しいだの、ウルサイだの、大志に浴びせられる暴言の数々。
それでも、そばにいるのをやめろとは言わない。
約束を取り付ければ必ず守ってくれるし、それに・・・・・・
何度かキスも受け入れてくれた。
夏休み、予備校の休みを狙って強引に誘い出した海で、初めてそのくちびるにふれた。
雰囲気に流された感も否めないが、嫌なことを受け入れるような人でもない。
それ以後も、大志が望めば、賢悟は拒むことはなかった。
だから、嫌われていないという確信が大志にはある。
ただ、賢悟も自分と同じ気持ちでいてくれるのかと問われれば自信はないし、恋人関係かと問われれば肯定できない。
なんて曖昧な関係なのだろうと、大志は今さらながらに強く感じた。
世界中の恋人たちがロマンティックに過ごすであろうクリスマスも、楽しみにしていたのは大志だけだった。
今日の約束だってとりつくしまも与えてもらえなかった。
来年になれば3年生は自由登校になって、受験を直前に控えた賢悟とはますます会えなくなって、そのまま自然消滅・・・ってこともありえなくはない。



まさか、賢悟はそれを狙っているとか・・・・・・?



そんなことはないと、頭をブンブンと振り寝返りを打ってみれば、枕元に置いたケータイが目に留まった。
あの夏の日、一緒に買ったストラップ。
今日の記念だからと半ば強引に賢悟に押し付けた。
ペアだと喜ぶ大志とは逆に、呆れ顔だった賢悟。
そんなものいらない、絶対につけないといいながらも受け取ってくれた。
その言葉通り、賢悟のケータイにそのストラップが飾られることはなかったが、それが賢悟の家の鍵に付けられているのを大志は偶然見てしまった。
いつもは容赦ない賢悟が、実はとても優しいことを知っている。
だから、大志は賢悟は好きなのだ。
だけど、そのわかりにくい優しさに甘えているだけだとしたら・・・・・・?
大志はストラップを握りしめて、ベッドに突っ伏した。






back next novels top top