伝えたい。
 その壱








「年末はどうして過ごすんですか?」
勇気を出して尋ねてみれば、冷ややかな視線を返され身がすくんだ。
ガヤガヤとうるさい学食。
だけど唯一そばにいられる、短いけれど貴重な時間。
ランチを味わう気なんてなく、ただ空腹だけを満たして、後は大好きな人を眺めるだけ。
それはそれで素敵な時間なのだ。
だけど今日は違う。
正確に言えば『今日も違う』だが。
もうすぐ冬休み。
その冬休みには超スペシャルイベントが待っている…はずだった。
昨日の同じ時間、同じシチュエーションで、それも数日前から台詞まで練習して、超スペシャルイベントのクリスマスの約束を取り付けようとしたものの、「予備校あるから」の一言で見事玉砕したばかりだ。
すんなり自分のために予定を空けてくれるとは思っていなかったが、一言で終わらせられるとさすがに落胆の色を隠せなかった。
相手は三年生だし、受験生だし、難関有名大学を狙っているんだし、教師や学校の期待を一身に背負っているわけだし、仕方ないと、誘った自分に配慮がなかったと、潔く引いたのだったが、それでもやっぱり大好きな人と少しでも一緒に過ごしたくて、再チャレンジを試みたのだが・・・・・・
なのにつれない返事。
いや、返事どころか言葉もなかった。
でも今日はへこたれてはいられない。
クリスマスは我慢するにしても、それならそれで一緒に年を越したい。
新年を迎える瞬間、隣りにいたい。
贅沢は言わない。ほんの数分でもいいから、その瞬間を一緒に迎えたいのだ。
だから、ひとり会話を続けようと、平気なふりで言葉を紡ぐ。
「まだ決めてないんだったら大晦日の夜―――」
「予備校だと行ったはずだが?」
一度も視線を上げることなく、黙々と箸を動かしながらの台詞には苛立ちすら含まれているように聞こえるが、こちらも必死なのだ。負けてはいられない。
「31日ですよ?」
「特別講座に申し込んである」
「マ、マジで・・・?」
「おまえにウソをついても何の得にもならないだろうが」
まさしく一刀両断とはこのことだ。
それでも粘る。
「でっでもっ、ちょっとくらい―――」
「何度言わせる?31日まで一日も休みなんてない」
「だ、だけど大晦日―――」
「大晦日がどうした?」
パチンと箸をトレイに置き、やっと上げられた端正な顔の眉間にはしわが寄っていて、大志は黙り込まざるを得ない。
目は明らかに怒っているのに、口元がかすかに緩んでいるのが、怒りを如実に表していた。
「どうしたって・・・・・・」
「まさか大晦日の夜の年越しを一緒にしたいとか考えてるんじゃないだろうな」
図星をさされてうろたえれば、一層冷ややかな視線を向けられた。
「おまえはおれに受験を失敗させたいのか?」
「ま、まさか!」
そんなことこれっぽっちも思っていない。
ほんの少しだけ、自分のために時間を貰えたら・・・・・・
ただそれだけなのに。
「なら、バカなこと言うな」








全く昨日と同じ展開。
そうならないように、いろんなシチュエーションを想定して、自分のペースに引っ張りこもうともくろんでいたのに、結局は相手のペースにまんまと嵌められている。
この人には一生勝てないのかな・・・・・・
さすがに二日連続で好きな人から容赦ない言葉を浴びせられれば、いかに大志が打たれ強くてもがっくりきてしまう。
でも・・・でも・・・・・・
なおも食い下がろうと言葉を探す。
しつこいことは重々承知。
このしつこさで押しに押し捲り、この難攻不落の思い人に近づくことができたのだ。
同じ場所で、同じ時間を過ごせるものあと少し。
春になったらその美しくも凛々しい姿を垣間見ることさえ出来なくなる。
わがままかもしれない。
自分の気持ちを押し付けようとしているだけかもしれない。
だけど・・・・・・
受験勉強の合間のちょっと一服の瞬間でいいから。
近所の神社に一緒に出かけて、除夜の鐘を聞きたい。
憧れだった人と一番最初に言葉をかわしたい。
この瞳に一番最初に映すのは、大好きな人でありたい。
そして願わくば・・・・・・
うっかり妄想にふけっていると、食器を片す無機質な音。
「おまえのだらしない顔に付き合ってるヒマはない」
そう言い捨てると、満員のテーブルの間をスタスタと行ってしまう。
「まっ、待ってくださいよ〜」
慌てて立ち上がり、後を追いかけようとした。
「あっ、何やってんだよ!」
「す、すみませんっ」
慌てた拍子にお茶をこぼしてしまい、同じテーブルの生徒にひんしゅくを買ってしまった。
それを無視できるほどの度量もなく。
ポケットからハンカチを取り出して後始末をするのだった。






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