雪の日にきみを想う





第二話






しばらくメールでのやり取りが続いた後、亨は久しぶりに侑也のケータイに電話をした。
「侑也、おまえ、もう一度頑張ってみる気はあるか?」
「もう一度?」
「実はおれのアルバイト先の出版社、受験情報誌も出してるんだけど、そこで調べてみたら、こっちの大学でまだ受験できるところがあるんだ。おれのところはもう日程は終了してるんだけど、近くの大学なら可能だ。侑也が希望している学部もある」
突然の提案に侑也も戸惑っているようだ。
あの日以来、何度かやりとりしたメールで侑也が予想以上に落ち込んでいることを感じた。
そして大学に落ちてしまったこと以上に、亨との遠距離恋愛に不安を抱いていることも。
亨自身は全く心変わりする気持ちもないし、離れて過ごした1年で侑也への気持ちを確信したこともある。
だが、侑也はそうではないようだった。
侑也自身の気持ちが変わるというよりも、亨の気持ちが自分から離れていくんじゃないかと不安に思っているのが端々に見て取れた。
おそらく侑也は自覚してそういう気持ちを吐露しているのではないだろうが、亨はそれに気付いてしまう。
どんなに亨がそんなことはないと言ってみても、侑也の不安を取り除いてやることはできないだろう。
『直接言葉を交わすことも触れることもままならない距離は、相手を思う気持ちが深ければ深いほど心を揺らすもんだよ』
そう言ったのはバイト先で侑也をこき使いたい放題の編集長だった。
最初その気持ちが全くわからなかったが、侑也のメールを読んでいると、なんとなくわかる気がした。
亨は侑也に淋しい思いをさせたくない。
亨と遠距離恋愛を続けることによって、侑也が悩み、亨の見えない場所で不安になっている姿を想像しただけで胸が締め付けられる想いがした。
だから、そうならない方法を考えたのだ。
「募集定員に満たない大学が定員保持のために募集しているんじゃない。それなりにレベルの高い大学だ」
亨が大学名を告げると、侑也は驚嘆したようだ。
「おまけに侑也みたいに実力はあるのに何らかの事情で不合格になった受験生の最後の砦みたいに毎年考えられているらしく、かなりの競争率になるようだ。募集人数も少ないし、もしかしたら先日の受験よりも難しいものになるかもしれない」
受験情報誌の担当編集に聞いたところ、毎年かなり優秀な人材が集まるらしく、影の超難関大学と言われているらしい。
「それでも侑也が頑張ってみるなら、おれは協力を惜しまないよ」
即答は無理だろうが、願書の締め切りもあるから早めに返事が欲しいと言葉を残して亨は電話を切った。
翌日、侑也から返事が来た。
「頑張ってみる、ううん、頑張りたい」
おそらく侑也ならそういうとは思っていたが、亨は嬉しかった。
「お父さんにもお母さんにもすごく反対されたけど、亨さんの名前を出したら納得してくれた。勝手に使ってごめんね」
「いいよ、おれで役に立つのなら」
「うん・・・ありがとう」
向こうから伝わる侑也の気配。
とても穏やかな声は侑也の決意の表れなんだろうと思う。
「おれのほうこそ侑也にありがとうだ」
「どうして・・・?」
「だって侑也はこれから再び怒涛の日々を送るわけだろ?なのにおれは何も助けてやれない。本当は、侑也と一緒にいたい、一緒にたくさんの時間を過ごしたいから、今回の提案をしたんだ。それなのにおれはただ侑也の頑張った結果を待っているだけ。地元の大学に合格していて、本来なら卒業を待つばかりで、これから新しい生活が始まるまでゆったり過ごせばいいのに。侑也にまだ勉強しろ、戦えだなんて、おれのエゴの表れだ」
遠距離恋愛が侑也に与える不安を一掃するためだと言いながら、実際は亨が侑也を望んでいるのだ。
それに気が付いたのは昨夜だ。
侑也が離れていく夢をみた。
住み慣れた街の大学に通い、大学生活を満喫する侑也。
亨の知らない仲間が出来て、侑也の心から薄れてゆく自分。
メールの返事も数回に一度が数十回に一度になり、そのうち音信不通になる。
慌てて帰省してみたら、仲間と楽しく笑っている侑也がいて・・・・・・
目が覚めて、恐れているのは自分のほうだと気が付いた。
「侑也、春になったら一緒に暮らそう。待ってるから」
しばらくの沈黙の後、侑也が語気を強めて決意を語った。
「うん、今度は絶対大丈夫。あれからおれも考えたんだ。体調が悪くなるかもっていう不安よりも、亨さんと一緒にいたいという気持ちのほうが強かったら、きっと大丈夫だって。昨日あれから出題傾向を見てみたら、結構おれの得意分野だったから」
だから待ってて、と言われて、亨は見えない相手に強く頷いた。







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