雪の日にきみを想う





第三話






亨は時間を見つけては亨は情報を集めた。
もとより使えるものは使おうというのが信条だから、空き時間には出版社のライブラリーにこもってはバックナンバーを研究した。
担当編集に協力してもらって過去の合格者にメールでアドバイスを請うこともできた。
そしてそれらを全て侑也に送った。
侑也の頑張りは津賀山から伝わってきた。
『もともと真面目なヤツだけど、あの意気込みは異様っすよ。近づけないですもん』
津賀山のことだから多少は大げさに表現しているだろうが、亨には机に向かっている侑也が目に浮かんだ。
集中するため亨とはしばらく連絡を取らないと侑也が決めたとき、侑也が決めたことだからと亨はうなずいた。
電話をすることもメールをすることも自粛してしまえば、亨にできることはなにひとつない。
今さらながら何もできない自分にイライラしたが、いちばんしんどいのは侑也なんだと思えば、我慢することができた。
そして気が付けば侑也の受験まで1ヶ月を残すこととなった。
「はい、亨くん」
リボンのかかった小箱を渡され、亨は顔を見上げた。
「やだ、亨くん、バレンタインデーのチョコ。もちろん義理」
そういって笑ったのは隣の編集部でバイトしている女の子だ。
『義理』とわざわざ付け加えたのは、彼氏の手前だろうか。
隣りの隣りの編集部の男性と付き合っているのだといううわさを聞いたことがあった。
わざわざ付け加えるだけあって、手にかけている紙袋には小さい小箱がいくつか詰め込まれている。
「この時期になると買わざるを得ないタチなのよね。もらってやってください」
そういうとせっせと机の上に小箱を置いていった。
(そうか、バレンタインデーなのか・・・)
カレンダーを見ると、今日はまだ12日だ。
今年は14日が日曜日ということで配るのも前倒しということか。
今日は雪のため数コマの講義が休校になったものだから、まったく気付かなかった。
おそらく大学に行っていたら、どこかでチョコ渡しの光景を見かけただろうが。
亨は椅子から立ち上がると編集長に今日は帰ってもいいか聞いてみた。
急ぎの用事はなさそうだからと許可を得ると、亨は編集部を後にした。
外に出ると、昨夜から降り始め、朝方には一旦止んだ雪が、またひらひらと降り始めていた。
亨に舞い降りてきてすぐに消えてなくなってしまう雪。
酷く残念そうな表情を隠すようにマフラーをグルグル巻いて、一生懸命笑顔を作ろうとしたあの雪の日の侑也を思い出す。
もうあんな顔をみたくないし、させたくない。
そのままデパートに立ち寄って特設のチョコレート売り場に向かうが、悪天候でもかなりの賑わいだ。
男性なんてひとりとしていない。
さすがの亨も諦めてデパートを出た。
チョコレートをどこでゲットしようかと頭を悩ます。
つい先ほどまでバレンタインデーのバの字も意識していなかったのに、必死になっている自分に苦笑しつつも湿った雪の上を歩く。
侑也と正式に付き合い始めてからもうすぐ1年。
卒業学年になった亨が焦って告白して侑也の了承を得たのはそれより前だけれど、行き違いやすれ違いがあって半分諦めかけたことがあった。
結局お互いがお互いを誤解していたことがわかり、晴れて恋人同士になったとたんに遠距離恋愛。
加えて今度は侑也が受験生となり、楽しみにしていたクリスマスもお正月もほんの少し会えただけ。
恋人同士らしからぬ付き合いになることは最初から覚悟していたがそれにしても酷すぎる気がする。
しかもバレンタインデーというのに、愛しい人は遠くで勉強中。
(あいつはきっとバレンタインデーなんて気にも留めてないだろうけど)
侑也はそういったイベント事に結構鈍感だ。
楽しみにしていても参加できないことが多かっただろうから、そのうち気にしないように勝手に心がセーブしてしまうのかもしれない。
さすがにクリスマスとお正月には少しだけ時間を割いてくれたけれども、もし亨からメールしなかったら侑也はひたすら机に向かっていたかもしれない。
(ま、おれも今の今まで忘れてたからな)
だが亨は侑也のそんな面も気に入っている。
少し内気だけれど芯はしっかりしていて、でもやっぱりどこか抜けているところをとても可愛く思うのだ。
津賀山の言葉も気になった。
頑張りすぎてはいないだろうか。
限界がわからずに根を詰めるタイプだし、プレッシャーも感じているだろう。
甘えてしまうからと亨と連絡を取るのを止め、たったひとりで立ち向かっている。
侑也に宣言されたから、亨も侑也に一通のメールも送ってはいない。
侑也の方から頼ってきたら、もちろん応えるつもりではいるが、今のところそれもない。
今は侑也の近くにいる津賀山だけが侑也の状況をしる手段だ。
その津賀山の言葉だから心配にもなる。
何もできないけれど、助けてやれないけれど、応援していることを伝えたい。
その手段として亨はチョコレートを送ろうと思い立ったのだ。
「カレシがさぁ、手作りがいいって言うんだよね」
「まぁね。ある意味あのチョコレート争奪戦の売り場で格闘するよりも楽なんじゃないの?」
「なるほど。ユミってばプラス思考だね〜あたしなんてちょっと面倒とか思っちゃったよ」
後ろを歩いているらしい女子の会話に亨は反応した。
(手作り・・・かぁ。なるほどな)
決断力はかなりあるほうだ。だから生徒会長にも3期連続で選ばれたのだ。
急いで帰宅して、レシピをネットで検索し、最寄り駅から少し離れた場所にある大型スーパーへと向かった。
実は亨はほとんど料理をしたことがない。
バイト先バイト先だから不規則な生活を強いられることも多く、バイト先の社員に奢ってもらう時には外食、それ以外の時にはスーパーで出来合いを買ってくる。
朝食を作ることはあるが、パンを焼いたり、ちょっとした卵料理やサラダを作るくらいだ。
しかし、亨には出来ないことはないという変な自信があった。
レシピ通りに事を運べば、必ず出来るはずなのだ。
少しビターなチョコレートを使ってマカロンもどきを作ることにした。
直接届けることができないため、溶けやすいものやクリームでのデコレートはダメなので、最初はクッキーを考えた。
だが、ふと侑也がマカロンが好きだと言っていたのを思い出したのだ。
亨にはあんなものが、小さいくせに結構高価な訳も、それをおいしいと思える味覚も全く理解できない。
(おれがそう言ったら侑也苦笑いしてたっけ)
思い出し笑いでクククッと笑いながらチョコレートを選んでいる男を気味悪がられて遠巻きにされていることに、亨は全く気付いていなかった。






***   ***   ***






「よし完璧だ」
クリームをサンドしたピンク色とチョコレート色の2色のマカロンを前に、亨は満足気にうなずいた。
レシピには上級者向きと大きな文字で書いてあったが、怯むことなくチャレンジしてよかった。
材料費はそうかからなかったが、道具を揃えるのが大変だった。
包丁やまな板、ボールくらいは1人暮らしを始めるに当たって買い揃えていたが、スケールに計量カップや計量スプーン、ふるいや絞り袋なんてあるはずがない。
大学のクラスメートの女子に借りようかとも思ったが、変に詮索されるかと思うと鬱陶しくて、とりあえず買い揃えた。
スーパーの隣の家電量販店にハンドミキサーを買いに行き、なんとオーブンまで買ってしまった。
家には電子レンジと小さなオーブントースターしかなかったからだ。
「つかこんな材料で出来るなんて、ぼったくりじゃねえか」
出来上がった山盛りのマカロンをひとつ口に放り込む。
「うん、上出来だ」
道具も買い揃えたことだし、侑也が無事合格してここに越してきた暁には思う存分作ってやることができる。
それに初めてのお菓子作りは結構楽しかった。
もともと器用な性質だから失敗しない自信はあったが、予想以上に夢中になってしまった。
この分だと料理にもハマってしまいそうだし、ちょうどいい機会だった。
亨は小さな透明セロファン袋にマカロンをつめると、色とりどりのリボンで結んでゆく。
それを小ぶりの籐かごに体裁よく並べると、さらにそれをセロファンにくるみ、ラッピング用の紐をかけた。
金色のシールを貼り付けると、店に並んでいるラッピングされた商品と遜色ない。
かごより少し大きめの箱に入れ、動かないように周りにペーパーパッキンを詰めて終了。
仕上げに手紙を一番上に載せた。
封筒の中には亨が肌身離さず身につけているブレスレットを入れた。
革紐に精巧に細工されたシルバーの龍が絡み付いているそれは、細身ながらも大胆なデザインで一目で気に入って初めてのアルバイト代で購入したものだ。
亨の腕に巻きつく龍を見て、侑也は『カッコイイ』と繰り返していた。
あまりに目を輝かせるものだから思わず『やるよ』と亨が腕につけてやろうとすると、侑也は慌てて引っ込めた。
『おれには似合わないから』
その言葉に亨も納得した。
決してあげるのが惜しかったわけじゃない。
メンズラインにしてはさほど重くないデザインだけれども、それでも侑也には合っていない気がした。
そのデザインそのものがというか、アクセサリーを身につけること自体が侑也にはそぐわない気がしたのだ。
しかし、どれだけ気に入ったのか知らないが、侑也は会うたびにそのブレスレットを褒めた。
(これを付けてる亨さんの腕が好き、とか言ってたよな、あいつ)
よく考えれば複雑な褒め言葉だけれど、悪い気はしない。
自分が気に入っているものを侑也も気に入ってくれたことが嬉しかった。
最初は出かける時にだけ身につけていたが、今では入浴以外は身につけたままだ。
それを侑也にお守り代わりとして送ることにした。
離れていてもそばにいるから、そういう意味も込めて。
手紙にはひとことだけ書き記した。
『リラックス』と、たったひとことだけ。
きっと侑也は亨の気持ちを理解してくれるはずだ。
『頑張れ』という言葉を当人に言うのはあまり好きではない。
本人がその言葉をいちばん理解しているに違いないのに、たとえ励ましの意味を込めていてもプレッシャーになる気がするからだ。
だから亨は侑也に今は言わない。
だけど心の中では幾度となく繰り返し、励まし続けている。
封筒からブレスレットを取り出して、胸の前でギュッと握り締める。
(大丈夫。絶対に大丈夫だから。頑張れ、侑也)
念をこめるように、亨はひたすら祈り続けた。


〜おわり〜
 ホワイトデーに続く・・・かも?




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