雪の日にきみを想う





第一話






「ダメだった」
なんとなく予想していた言葉だった。
風の強い、時折雪のちらつく寒い日だったあの日を思い出す。
試験の終わった日、亨の待つ場所にやってきた侑也はとても疲れた表情をしていた。
色が白いせいで普段から少しピンク色をした頬は真っ赤で、目も少し充血していた。
一目で体調が芳しくないのだとわかった。
それでも笑顔で「寒いのに待たせてごめんなさい」と頭を下げる侑也を人目も気にせず胸に抱き寄せた。
急いで亨の下宿へ連れ帰り、嫌がる侑也に熱を計らせると、案の定38度も熱があった。
試験が終わったらそのまま地元に戻るはずだったため、侑也の家に連絡を入れ事情を話し、今夜は自分のところに泊めることを伝えた。
侑也の両親は亨のことを信頼している。
生徒会長を務めていたことや、超難関といわれる大学に合格したことなどが理由のようだが、それも悪くないと亨は思っている。
逆に迷惑をかけて申し訳ないと言われ、少し罪悪感に駆られたのは事実だ。
まさか自分の息子が信頼する先輩である亨と付き合っているなんて想像もしていないだろう。
休めば治るからと病院に行くのを嫌がる侑也をベッドに寝かせ、お粥を食べさせた後クスリを飲ませると、疲れていたのだろう侑也はすぐに寝息をたてはじめた。
その寝顔を眺めながら、汗で湿った前髪をかきあげて、冷たいタオルを乗せてやると、うっすら目を開けて侑也が微笑む。
亨が微笑み返すと、安心したように目を閉じる。
(もう大丈夫だと思っていたんだけどな)
侑也は緊張すると体調を崩す傾向にある。
付き合い始めた頃、デートを約束をすると当日になって熱を出し、ドタキャンされたことも一度ではない。
かなり緊張する性格でもあり、それらから侑也に嫌われているのではないかと誤解したこともあった。
それは小さい頃からの癖のようなものらしく、遠足などもほとんど参加したことがないらしい。
どうやら楽しみにすればするほど、そのような状態に陥るらしいのだ。
裏を返せば、自分とのデートを侑也が楽しみしていることの証明のようなもので、亨としては不謹慎ながらも少し嬉しく思ったのは、総てを聞かされた後のことだ。
だが、当の本人である侑也にとってはこの性質は面倒以外のなにものでもないだろう。
大学進学のために地元を離れる亨は、春休みの間に何度か侑也をデートに誘ったが、見事に全滅した。
何度も謝る侑也に亨も胸が痛くなり、何か克服できる術はないものかと考え、不意打ち攻撃に出た。
特に亨が卒業して遠距離恋愛になってからは、侑也に内緒で帰省して訪ねてみたり、デートに誘ったりした。
一度外出してしまえば、侑也の体調が悪くなることもなく、デートを楽しむことができる。
侑也も克服しようと努力したのだろうが、だんだんと気を張ることも少なくなり、不安にかられていた模試も滞りなく受験することができ、亨と約束して大学の下見を兼ねて訪ねて
くることもできるようになった。
だから安心していたのだが。
侑也は、一応地元の大学に合格している。
だが、あくまでも本命は亨と同じ大学だった。
同じキャンパスで同じ時間を過ごしたいと思う気持ちは、亨も侑也も同じだ。
自宅を離れるという息子を心配した侑也の両親を説得したのも亨だし、春からは一緒に暮らすこともなっていた。
もちろん亨の通う大学が国内でもトップ校のひとつであるということも、両親を納得させる一因となった。
もともと侑也は成績もよかったから、安全な推薦枠を教師に勧められたようだが、それを蹴ってまで亨と同じ大学を志望した。
遠距離恋愛ながら、亨は侑也の受験のサポートを続け、侑也も必死で勉強して模試ではなんとか合格圏内の判定を得た。
数日前、侑也と話をしたときには元気そうで体調も良いと言っていたから、力を発揮すれば必ず合格できると信じていたのに、まさかここ一番でこうなるとは・・・
まだ試験の結果はわからないが、ぼんやりした頭で考えて解答できるほど、この大学の入試問題は甘くない。
翌日目を覚ました侑也の熱はすっかり下がっていた。
体調が戻ると落胆の色は隠せないようで、食事もあまり進まないようだった。
それでも最後は笑顔で列車の扉の向こうへ消えた侑也を見送り、亨は何もしれやれない自分を歯がゆく思った。
そして今も。
「そうか・・・残念だったな」
亨はケータイをグッと握り直した。
「せっかく亨さんに協力してもらったのに、ごめんなさい」
「謝る必要なないだろう?侑也は一生懸命努力したんだから」
こんなありきたりの言葉しか浮かんでこない自分が嫌になる。
「それに地元の大学には受かってるんだから」
会えない時間が続くのは残念だけれど、それを今ここで言っても仕方がない。
それにこのまま遠距離恋愛が続いたとしても、亨の気持ちは変わることがない。
「そうだね・・・・・・」
そう言ったまま侑也は黙り込んでしまった。
不用意な慰めの言葉を侑也は望んではいないだろう。
だから亨も黙っていた。
向こう側の侑也の気配を感じるために。
今すぐにでも抱きしめてやりたい。
抱きしめて、頑張ったねと言って、頭を撫でてやりたい。
怒涛の受験勉強の日々を労って、甘やかしてやりたい。
だが、ふたりの間にはすぐにどうこうできない距離があった。
(あ〜やっぱりバイトなんて休んじまえばよかった!)
大学の教授の紹介で始めた出版社のアルバイト。
出版業界を目指している亨にとっては願ってもないバイト先で、それなりに充実したバイト生活を送っている。
紹介してくれた教授は亨の遠縁に当たる人物で、ちょっとした著名人でもある。
アルバイト先の出版社も亨が大学生であることを考慮してくれたからやりやすかった。
ただし、忙しい時期には容赦なくこき使われた。
学生は学業第一だと講義を休むことは許されなかったが、それ以外の時間すべてをを編集部で過ごすこともあった。
徹夜で校正し、そのまま大学へ、講義後にまた編集部へという日々が数日続いたときにはさすがの亨もダウン寸前となった。
デキるアルバイトだと認識されてからは、編集部の垣根を越えて雑用を言いつけられ、そして今も編集部に詰めている状態なのだ。
遠くから社員に呼ばれて返事をすると、侑也が向こうで息を飲む気配を感じた。
「ごめんなさい、アルバイト忙しいんでしたね。また連絡しますね」
そういうと、侑也は通話を切ってしまった。
切れてしまった繋がりを淋しく思いながら、再び呼ばれて亨は大きな返事をした。






back next novels top top