calmato 第三話
 








『もう終わりにしないか?』
宗治の言葉を思った以上に冷静に受け止めることができた。
どんなに痛みを感じても、渚の感情は表に出ることはない。
こんな自分でよかったと、人生の中で一番感じた瞬間だった。
予感はあった。
大学を卒業してすぐの新社会人である渚と、確実に社会人として成長している宗治は、再び生活サイクルの変化を余儀なくされた。
一緒にいる時間は激減したが、付き合い始めたばかりのカップルでもあるまいし、さほど気にしてはいなかった。
しかし、ある時期から宗治の帰宅の遅さが目立ち始めた。
比例して渚に対する態度がよそよそしくなった。
すっかり渚のほうを見なくなっていた。







だから驚かなかった。
別れの言葉をすんなり受け入れた渚に宗治は拍子抜けしたようだった。
胸が痛い。苦しい。
昔ならそんな渚の感情を読み取ってくれた宗治はもういないのだ。
『わかった』
そう答えた渚に対して、あからさまにホッとした表情を浮かべた宗治を残して自室にこもる。
宗治は別れの理由を言わなかったが、心変わりだろうことは明確だった。
夜中にトイレに起きたとき、宗治の部屋から話し声が漏れていたのを聞いてしまったことがある。
仕事の話かと思っていたが、しばらく聞くことのなかった宗治の甘い声に、渚はそっと部屋を離れた。
女性ではなく男性の名前を、宗治は愛しそうに呼んでいた。
『ナギ』と呼んでいたのと同じ声で。







どうして怒りがわかないのか不思議だ。
一方的な別れの言葉は理不尽すぎると、どうして宗治に抗議しないのか。
どうしてすべてを享受してしまったのか。
おそらくはあの電話の男性が次の相手なのだろう。
渚はその男性を一度見かけたことがある。
部署内の送別会の帰りに偶然見かけたのだ。
洒落たダイニングバーで、宗治と向かい合っていたのは、可愛らしい顔立ちの若い男だった。
くるくる変わる表情が印象的で、宗治もとても楽しそうに笑顔を向けていた。
ここ最近、渚は宗治のああいうくったくのない笑顔を見ていないことに気づいた。
よくしゃべり、よく笑う、とてもストレートな男だったのに。
自分が原因なのだろうと渚は思った。
そういえば父親にも言われたことがある。
『おまえのその無表情な顔を見てると、こっちまで憂鬱になる』
手を上げながら、父親は渚にそう言った。
自分はもう宗治を笑顔にさせることもできないのだと悟った。
だから、別れの言葉を告げられたとき、やっとこの時がきたのだと、安堵さえした。
宗治が悩んでいたのは気づいていたし、何か言いたそうな視線を感じることもしばしばだった。
もう渚には全く触れなくなっていたし、時間の問題だと思っていた。
ただ、渚の方から宗治の手を離すことができなかったのだ。
早く開放してあげたいと思っても、どうしても無理だった。
宗治に執着している自分に腹が立ち、呆れたが、仕方なかった。
宗治のことが好きだから。















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