calmato 第二話
 








宗治の恋人になって、同居生活を始めた。
渚が家を出ることに対して、咎める人間は誰もいなかった。
渚の家族は父・母・妹の4人だ。
特別仲の良い家族ではなかったけれども、普通に暮らしていた。
父親が母親に手を上げるようになったのは、渚が中学生になったころからだ。
父親は名の通った会社に勤めていて、毎日帰宅も遅く、顔を合わすこともまれだった。
酔っ払って帰ってきたのがはじまりだったように思う。
最初は数ヶ月に1回程度、夜遅くに声を荒げているのを、自室で聞く程度だったものが、どんどん頻繁になっていった。
渚が高校生になったころには、朝起きると母親が顔に痣をつくっていたりするようになった。
母親は渚と妹に、夜は部屋に鍵をかけて、絶対にでてこないようにと、きつく言い聞かせた。
しかし、渚とて黙っているわけにはいかない。
渚が母親をかばった時、ちょっとした拍子で父親を突き飛ばしてしまった。
父親は烈火のごとく怒りを露にし、それ以来、矛先は渚に向くようになった。
母親や妹に手を出されるよりは、自分のほうがマシだ。
抵抗して刺激することはやめ、渚は父親の思うとおりにさせた。
父親は見えるところに決して暴力を加えなかったが、時には手元が狂ったのか、顔を殴られたこともある。
隠すこともできず登校すれば、宗治は痛ましい視線を渚に向けた。
不謹慎だが、渚はその痣をみた宗治の心配そうな表情を見るのが好きだった。
宗治は痣の理由をしつこく追及することはないし、渚も言わない。
そんな日は、特別宗治が優しかった。
だから耐えられたのだ。父親の暴力に。
渚の卒業と同時に、母親と妹は母親の実家に戻ることになった。
母方の家はそう広い家ではなかったから、渚が家を出ることを母親に告げたとき、母親は普通なら気づかない程度にほっとした表情を見せた。
渚は自分の感情を表現する術に欠けているが、他人の感情を見抜く術には長けていた。
だからその瞬間、細くとも繋がっていた母親との絆がぷっつり切れたのを感じた。
近所でも父親の暴挙がうわさされるようになり、父親はすぐに家を処分し、町を出て行った。
そのあとどうしているのは、渚は知らないし知りたくもない。
渚には宗治との新しい生活が全てとなった。
社会人と大学生という身分の違いは、渚はさほど気にならなかった。
家にいれば必ず宗治が帰ってくるのだから。
身体を重ねたのは、同居から数ヶ月後のことだ。
実は渚の悩みは宗治が渚の身体に触れようとしないことだった。
キスはしかけるものの、その先には全く進まなかった。
高校生活のほぼ全てを宗治と過ごした渚は、宗治の恋愛事情もよく知っている。
付き合った女性とは身体をつなげていたことも。
だが諦めてもいた。
好きだからといって同性の身体に触れたい、セックスしたいと思えなくても仕方がないことだと。
だから宗治に求められたとき、渚は夢なんじゃないかと思った。
のしかかられて、あますところなく触れられて、貫かれたとき、恥ずかしさ以上に嬉しさでいっぱいになった。
宗治に必要とされていると実感できた。
宗治は渚のことをよく「かわいい」と言った。
女性扱いされているように思われてムッとしていると「そんなところがかわいいんだ」と笑っていた。
時折鏡に映る自分を確認する。
確かに我ながら綺麗な造作をしていると思うが、無表情でまったく面白みがないのも事実だ。
まるで美術品の花器のようだと思う。
花器は花を飾るものだ。器だけを眺めるために作り出されたものではない。
役目を果たさないと価値なんて全くない。
人間として生まれてきたのに、中身の伴わない自分に、嫌気がさした。
宗治はこんな自分のどこが気に入ったのだろう。
セックスもそうだ。
すべてを脱ぎ捨て裸体をさらけ出し、相手に心も身体も開放する。
果たして自分は宗治にすべてをさらけ出せているのだろうか。
そんなことを考え始めたらセックスという行為に対して構えてしまい、余計にどうしていいかわからなくなった。
抱かれることは嬉しいくせに。

それでも幸せだった。
宗治が渚を好きだと言ってくれるなら、こんな自分でも存在価値はあるのかも知れないと思えた。
宗治が渚を求めてくれるなら、少しだけ自分を好きになれるかもしれないと思えた。
この世でひとりでもいい。
自分を愛してくれる人間がいるということに、渚はこれ以上ない幸福感を感じていた。















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