明日があるなら 第6話








結局閉店まで付き合い、少し風に当たって帰るからと先に仲間を帰らせた。
最後まで雅彦の隣から離れなかった彼女は、自分も付き合うと強引だったが、それも適当にあしらって、雅彦は店の前にあるベンチに腰掛けた。
しばらくすると、勤務を終えた従業員たちが通用口からぽつぽつと出てき始め、雅彦はそちらへと歩を進めた。
「葉月」
雅彦の呼びかけに葉月は驚かなかった。
おそらく雅彦が待っていることを予想していたのだろう。
「お久しぶりです」
葉月はぺこりと頭を下げた。
長めだった髪は少し短く切りそろえられていたけれど、その他には何ら変わったところはない。
雅彦の前から消えた・・・あのときのままだった。
葉月が身に着けているシャツにの見覚えがある。
雅彦が初めて葉月に買ってやったものだ。
雅彦の視線を感じたのか着ている服に目をやり、葉月ははっとした表情を浮かべた。
「ごめんなさい。勝手に持って着ちゃって・・・これ着て家を出たから・・・・・・」
雅彦は首を横に振った。
「元気だったか・・・・・・?」
「はい・・・雅彦さんも・・・・・・?」
「それなりにな」
雅彦の答えにも葉月はずっと地面を見たままだ。
雅彦の顔を見ようともしない。
答える声にもまるで感情がこもっていなかった。
葉月はこんな人間だっただろうか・・・
そう考えて即座に否定した。
葉月はそう口数の多いほうではない。
自分から話を始めることはほとんどなかった。
何かの拍子にポロリとこぼれるように語られる葉月の生い立ちは決して幸せといえるものではなかった。
それでも、いや、だからなのか。
葉月は何に対しても一生懸命だった。
仕事に対しても、毎日の暮らしに対しても、雅彦に対しても。
いつだって誠心誠意雅彦に接してくれた。
雅彦からどんなに酷い仕打ちを受けても。
もし葉月がこの数ヶ月で変わってしまったのなら、そうさせたのは雅彦自身だ。
それなのに葉月の態度に苛立たしさを感じてしまう。
自分が間違っているとわかっているのにどうしても感情を上手くコントロールできない。
「単刀直入に聞く。どうして出ていったんだ?」
こんなことが言いたいわけじゃない。
雅彦だってわかっているのだ。
葉月が出て行ったのは自分の酷い仕打ちが原因なんだと。
逃げ出したくなって当たり前のことを雅彦は葉月にやったのだ。
「おれに何も言わずに。おれが拾ってやった恩も忘れて」
キツイ口調に葉月が竦みあがっているのを感じて、ますます止まらなくなる。
これではあの頃と全く同じだとわかっているのに・・・・・・
『世話になっているから』葉月はおれに従っていた。
『世話になっているから』葉月はおれに反抗しなかった。
逆に考えれば、『世話になっているから』葉月は雅彦に従わなくてはならないのであって、『世話にならなければ』雅彦の存在なんてどうでもいいということになる。
やはりそれが真実なのだろうか。
あれから雅彦は雅彦なりに考えた。
もしかして、勘違い、思い違いだったのじゃないかと。
確かに葉月は雅彦に感謝していただろう。
葉月と一緒に暮らし始めたころは感謝されることは当たり前だと感じていた。
拾ってやったんだ、そんな気持ちがあったことは否めない。
しかし、葉月に惹かれるにつれて、そんなことはどうでもよくなったし、葉月からもそれ以上の特別な感情を感じていたのだ。
あの言葉を聞くまでは・・・・・・
そう、あの言葉を聞くまでは、愛し合っている、理解し合っているという実感があったのだ。
それなのに、疑心暗鬼にかられ、葉月に酷い仕打ちを繰り返し、挙句の果てに出て行かれた。
忘れようと思っても忘れられなかった、葉月への恋情。
それを認めたとき、雅彦は、自分が取り返しのつかない過ちを犯したのではないかと思ったのだ。
それを確かめるために、雅彦は必死に葉月を探した。
探したけれど見つからず、諦めかけていた矢先の再会だった。
驚くほどの偶然に、葉月を待っている間、やっぱり自分たちは会うべくして出会ったんだと思えてきた。
初めて神に感謝した。
もし再び会うことが出来たら、言いたいことも、言うべきこともたくさんあった。
それなのに、雅彦の口から出てくるのは、葉月を責める言葉ばかり。
「それじゃおまえはおれが『死ね』って行ったら死ぬのか?」
「あなたがそれを望むのなら」
葉月は顔を上げ、初めて雅彦を正面からキッと見据えた。
その瞳が微かに潤んでいて・・・雅彦を驚かせた。
再会して、初めて葉月が感情を見せた瞬間だった。
「おれにはあなたが全てだった。おれにはあなたしかいない。おれを好きなように扱っていいのはあなただけだ。だからおれはあなたに従った。あなたが求めてくれることには何でも応じたかった。あなたに・・・あなたになら何をされてもよかった。だから何だって受け入れたし、嫌なことなんてひとつもなかった。だから・・・だからあなたがおれを『いらない』というのなら、あなたが『出て行け』というのなら、おれはあなたのそばにいることはできない。そう思ったからっ、おれはっ、おれは・・・・・・」
葉月の言葉に愕然とする。
「・・・・・・出て行け・・・・・・?出て行けって・・・おれが言ったのか・・・?」
葉月との最後の夜のことを一生懸命思い返すが、出て行けなんて行った覚えはない。
だから翌朝、葉月がいないことに驚いたのだから。
「おれはおまえを追い出そうなんて思ったことは・・・・・・あっ・・・・・・」
焦って言い訳をする雅彦の頭に蘇る自分の声。
『何ボーっとしてんだ?早く出て行けよ』
「いや、葉月、あれは違うんだ!あれは家から出て行けという意味ではなくてだな、部屋から出て行けという・・・・・・」
そこまで言ってやめた。
どちらにしても同じだ。
雅彦が葉月を苦しめる言葉を吐いたことには違いないのだ。
そして葉月はその言葉に従っただけなのだ。
すべてが誤解だったとしても。
「葉月・・・・・・」
衝動だった。
突き上げてくる愛しさが、雅彦の身体を知らずに動かす。
雅彦は葉月を抱きしめていた。















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