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<第五話>






「―――友樹・・・?」
久しぶりに見る崎山は、目を真ん丸に驚いた顔で、ちゃぶ台いっぱいに並べられた皿を凝視した。
「お疲れ〜メシ作ったんだけど・・・食う?」
何でもなかったかのように、いつものように出迎えた。
「友樹、あのな―――」
「話は後にしようぜ。冷めるから食べようよ」
突っ立ったままの崎山の腕を引っ張り、いつもの場所に座らせると、冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出してプルトップを空けてやった。
食欲がわきそうなものがいいかと、メインは味の濃い麻婆茄子、一品できゅうりとじゃこの酢の物、いんげんのごまあえ、冷奴、かきたま汁を用意した。
こんな風に崎山のために料理を作るのは初めてで、料理中はとても楽しかった。やっぱり好きな人に何かしてあげるのはとても素敵なことだ。
ドキドキしながら様子をうかがうと、「うまい」と笑顔で答えてくれた。
それはウソではなかったようで、ごまの一粒さえ残さず食べてくれた。
食事の時は、いつもにぎやかにいろんなことを話す崎山も、今日はさすがに無口で。
それでも、この間のような張りつめた雰囲気は全くなくて。
空になった皿を小さなキッチンで洗い片付けると、ちゃぶ台を挟んで真向かいに座った。
勢いあまって押しかけてきて、料理まで勝手に作ったものの、いざ真面目に向かいあうと、どう切り出していいのかわからない。
おれは、もっとしっかりした、自分の意見はズケズケいうタイプなはずなのに、どうしてもこいつの前だとうまくいかない。
「受験勉強ははかどってるか?」
会わなくなってまだ数日しか経っていないのに、とても懐かしい関西弁のイントネーションが心に響く。
「まあ・・・そこそこってとこかな」
ウソばっかりと毒づきながらも、無難な答えで流した。
「そうか・・・やっぱり勉強はひとりでコツコツしたほうがはかどるよな。もっと早うに気づいてやらなあかんかった」
何だか、話の矛先がまたまた変な方向に向かってないか?
「今日は仲直りに来てくれてんな。メシまで作ってもろて。気ぃ使わしたな。ごめんやで?」
「ち、ちょっと待て―――」
「受験生やのに無理ばっかりさせてすまんかった。おれはなんとも思ってへんから。せやし―――」
「だから、人の話を聞けよ!」
何を勝手にブツブツ言ってるんだとばかりに、おれは大声をあげた。
「無理ってなに?おれ、別に無理なんてしてないよ?ここに来て、あんたと過ごす時間はすごく有意義だと思ってる。勝手におれの気持ちまで決め付けんなよ!」
謝るのは、おれのほうなのに、また先にこいつのほうがおれにゴメンと言葉をかけたことが、悔しくて情けなかった。
もちろん自分に対してだ。
これ以上話を拗らせたくないオレは、思い切って口を開いた。
「この間は・・・ゴメン。おれ、全然イヤじゃないから。あんたとそういうことになるの、全然・・・ただ・・・・・・」
ううっ、やっぱり言いにくい。
言いにくいけど、言わないと進めないんだよな・・・
「こないだは、おれ準備できてなくてさ。それまでは毎日シャワー浴びて、少しばかりの期待を胸に、ここに来てたんだ。でも、あの日だけ時間がなくて、コロンで汗の匂いだけ誤魔化して。あんたに抱きしめられてうれしかった。おれなんかに欲情してくれるんだと思ったら・・・けどやっぱりキレイにしてないことに抵抗あって。中断のタイミングもわからなくて。暴れてあんたを傷つけた。ごめん・・・」
言ってしまって羞恥に襲われて、顔を見れなくて俯いたまま、崎山の答えを待った。
「おれのこと・・・イヤやない?」
「全然イヤじゃない!」
「じゃあ、こっち来て?」
ちゃぶ台を端に寄せると、崎山は手を差し出した。
何のためらいもなくその手を取ると、引っ張られて足の間に挟まれるように、向かいあわせに座らされた。
「友樹は悪うないよ。おれが悪い」
おれの両腕を掴んだまま、苦しそうにそんなことを言うから、おれはいたたまれなくなり、その手を振りほどくと逆に手を握り返した。
「なんで?あんた何もしてないじゃん」
「おれには勇気が出んかった。あの夏祭り以来、おまえがこの部屋に出入りするようになって、毎日毎日思ってたよ。ふれたい、抱き合いたいたいって・・・」
そんなそぶりは見せなかったからおれは意外だった。深いキスは何度かかわしたけれど、決して押し倒したり、身体にふれたりしてこなかったから。
「でも恐かった。おれはもともとゲイやから、友樹とこういう展開になってめっちゃうれしかったし。だいたい好きなヤツと両思いになれたって時点で奇蹟や。でも友樹は?友樹は違うやんて。おれのこと好きていうてくれてうれしかったしその気持ちはウソやないとわかってる。わかってるけど、実際ハダカになって身体重ねるとなるとな。こっちの世界に引き込んでええんかなって。オンナとも恋愛できるのに、わざわざおれが相手でええんかなって」
夏祭りの時も同じようなことを言っていた崎山。
そのことについてはカタがついたと思っていたのに、それでもまだ足踏みする崎山の心中を察するとおれは胸が苦しい。
ゲイということで、今まで苦しい恋愛を強いられてきたのだろう。
何度も何度も崎山は言う。この恋愛は奇蹟だって。
そしてその度に、幸せそうで、それでいて苦しそうな複雑な表情を作る崎山を、おれは抱きしめたくて仕方がなかった。
「いざコトに及んで、途中で断られたらツライやん?身体もツライけど、それより心がツライ。せやったら別にわざわざセックスしんでもええ。好きな気持ちがあって、一緒にいて楽しかったらええと思ってたのに、あの日友樹がいつもと違ったから・・・ふわふわって誘われてしまって・・・強引にコトに及ぼうとしてしもた。一旦ふれたらもう止まらんかった。友樹が拒否してくれてよかったわ。ほんまそう思う」
『やっぱり・・・イヤか・・・?』
あの時崎山はそう言った。
『おれのこと・・・イヤやない?』
さっき崎山はそう言った。
ふざけながらだと躊躇いなくおれにふれてくるくせに、いざとなるとしり込みしてしまう崎山を、おれは何だかとてもかわいく思ってしまった。
ほんっと、おれは全然イヤじゃないのにさ、世話がやけるったらありゃしない・・・
「おれ、ほんっとにイヤじゃないから。もう何回も言わせないでよ。それに、おれの気持ちはおれが決める。あんたが心配することは何もないから」
向かいに座る崎山の膝に乗り上げて、ぎゅうっと首にしがみついた。
「おれは、あんたとえっちがしたい・・・」
「友樹・・・」
きつく抱き返され、その場に押し倒されそうになったけれど、おれは笑いながら今度はきちんと申し出た。
「風呂、入ってから」
やっぱり初めてくらいはキチンときれいにしたいのだ。
「おし。風呂の湯張っといてやるわな」
おれの背中をぽんと叩くと、おれから離れて風呂場へと消えていった。










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