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<第四話>






「―――優?こんにちは〜」
静まり返った家内からは、何の返事も聞こえない。
そこは勝手知ったる麻野家。
おれは躊躇いなく足を踏み入れた。
もしかして、昼寝でもしているのかも知れない。カギもかけずに無用心だとこらしめてやろうと、リビングのドアをそっと開けてみたけれど、しんと静まり返ったそこには人の気配がしなかった。
「おっかしいな〜部屋にでもいるのかな〜」
ひとりごちると、二階にある優の自室へと向かう。
脅かしてやろうなんて悪戯心が芽生えて、そろり、そろりと、足音を忍ばせて階段を上がっていった。
階段を上がりきり、廊下の突き当り右手が優の部屋だ。
廊下を滑るように一歩踏み出した時、すぐ隣りの部屋から話し声が聞こえた。
しかもご丁寧に少しだけ襖が開いている。
ここって・・・先輩の部屋だよな?
なんだ、いるんじゃんか〜と、襖に手をかけかけて、手を引いた。










「ま、まだ明るいし・・・」
「なんていいながら、一緒に部屋に来たのは優だろ・・・?」
初めて聞く先輩の甘い声。










これは男女・・・いやいやそんなわけない。
すると男男の睦言・・・?
っつうこと・・・・・・ま、まさかな・・・










ダメだと思いながらも、ふしだらな妄想が頭をぐるぐるまわり始め、その場を動けない。
実際、少し興味もあった。
人のそういう場面について。
「最近優なんかおかしいじゃん・・・なんかあった・・・?」
心配そうな先輩の囁きに、しばらく間をおいて優が平然と答える。
「別になにも・・・」
「ならいいんだけどな」
その会話に、おれは違うと叫びかけた。
おれは知っている。
今の優の返事は、心配をかけないように、相手を安心させる時の口調だ。
ここしばらく、優には会っていなかったけれど、何かあったのだろうか?
いや、きっと何かあったのだ。
なのに、先輩は気づいていない・・・???
「・・・んやっ・・・せんぱ・・・ヤだって・・・」
艶を含んだとんでもない色っぽい声に、おれは現実へと引き戻された。





げっ・・・は、始まったぞ・・・?





なんて思いながら、耳を欹ててしまうおれ。
「どうして?ヤじゃないだろ?」
「で、でも・・・シャワーもしてないし・・・汚いし・・・」
おれの心臓が破裂しそうなほどに、ドキンと高鳴った。
こ、これは・・・おれがこの家を訪れた理由。
聞きたかったことの・・・お手本じゃないか!
すでに盗み聞きしているなんて罪の意識はどこかへ吹っ飛んでしまっていた。
えっち実践コースをタダで受講しているかのような感覚だ。
優がはっきりと、おれが言えなかったことを口にしたのには驚いたが、先輩の言葉にもおれは驚いた。
「汚くない。汚いなんて思ったら、風呂に入る前にこんなことするわけないだろ?」
目から鱗だ。










そうだよな・・・もし逆の立場だったら、そこを使うことを知っているのだから、汚いと思えば風呂に入ろうと促すのは当たり前で・・・それにきっとおれも汚いなんて思わない・・・










「でも・・・」
会話の合間に聞こえるキスの響きが、とんでもなく優しい音に聞こえた。
「おれと優がひとつになることができる場所だよ?汚いなんて・・・もう言うな・・・」
胸がつまる想いだった。
あの日のあのシチュエーションを、ごめんな、悪かったと寂しそうに笑った崎山の顔を思い出すと、胸の奥が締めつけられ、涙が出そうになった。
先輩の言葉なのに、崎山も同じことを言いそうな気がした。
「・・・んんっ・・・んア・・・」
どうやら本格的に始まったらしい愛の睦に、おれは気づかれないように、襖を閉めた。
ほんの少し垣間見えたふたりは、向かい合わせに抱き合っていたけれど、優にキスを落とす先輩は、いつもの先輩よりも数十倍優しい眼差しで、先輩のキスを恥ずかしそうに受ける優は、いつもの数百倍もかわいくキレイだった。
そして、顔を赤らめて、ほんの少し着衣を乱した優は、とんでもなく艶やかだった。
静かに麻野家を出ると、無性に崎山に会いたくなった。
あんな顔をさせてしまったことを謝りたかった。
近所のスーパーで買い物を済ませ、ヤツのマンションへと向かった。










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