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<第ニ話>






と、とうとうこの日がやってきてしまった・・・
毎日部屋に通っている時点で、こうなることは予想されることだし、おれも・・・イヤではない。
リカに借りたマンガや小説でシュミレーションしてみたし、ネットで情報も仕入れた。ネットで知った情報は、リカの本のようにロマンティックなえっちではなかったけれど、同性でも気持ちよくお互いを満たすことができるというものだったし、好きな人とするえっちに憧れてもいた。
好きな人に求められている・・・その事実は、おれをその気にさせるのに十分だった。
熱い息が耳をくすぐり、耳朶を噛まれると身体が跳ね上がった。
Tシャツの裾から入り込んできた温かい手が、肌を滑る感触に身震いした。
たったそれだけでおれの下半身は固くなっていて・・・そして太腿にあたる崎山の下半身も反応していた。
大丈夫だろうか。きちんとできるだろうか。崎山をキモチよく受け入れることができるだろうか。
そう考えて、はたと気がついた。
今日は・・・今日に限って・・・シャワー浴びてきてないじゃんよ!
予備校が終わると、おれは一旦家に帰ってシャワーを浴びてからここにやってきた。汗臭いのがイヤなのもあるが、それ以上に、アソコをキレイにしておくためだった。いつ求められても対応できるように。
なのに今日は、予備校の友達とお茶してしゃべりすぎて遅くなったから、シャワーの時間がなかったのだ。だから変わりにコロンなんかでごまかしたのだ。
前も汚いが、それ以上に後ろが気になった。
何しろ指を入れたり、最終的にはそこを使って繋がるのだ。
もし、残りものなどがあったら・・・臭かったら・・・
あっという間に現実に引き戻された。
「だ、だめだって・・・」
自分でもびっくりする甘い声は、本気で嫌がっているようには聞こえない。むしろ煽るだけのような、震えた声。
身体を捩ってもビクともしない。体格はさほど変わらないはずなのに、うまく身体を押さえつけられているようで、抵抗できない。
「やめろって!」
少し大きな声になってしまった。けど、崎山は身体を引こうとしなかった。
「なんで?おれ・・・友樹がほしいねん」
言葉につまる。
好きな人に欲しいといわれて、断るなんて・・・とんでもなく愚鈍な行為だ。
しかしそれ以上に、とんでもないことになって崎山に呆れられる方が、おれにはたまらなかった。
「やめ・・・やめろっていってんだろ!」
渾身の力をこめたおれの一撃は、崎山の・・・半分盛り勃っていたモノを蹴り飛ばしたようだった。
「くっ・・・」
身体を丸めて蹲る崎山の下から抜け出ると、その様子を覗う。おれもオトコだ。そこを蹴られるととんでもなく痛いことはわかっている。
「なあ・・・」
呼んでみるけど、返事はない。
「大丈夫―――」
心配で手を伸ばしたのと同時に、崎山の低い声が響いた。
「やっぱり・・・イヤか・・・?」
「そ、そうじゃなくて―――」
「けど、やめろって言うたやんか!」
強い口調にドキリとした。
「やっぱり、オトコとはできんてこと?」
「ち、ちが―――」
「ならどういうことか説明してえや・・・おれ、これでも結構我慢してたつもりなんやけど・・・」
我慢してた・・・?なんで我慢なんかするんだよ。
そんな我慢しなくてよかったのに・・・
何だか一方的に責められているのに腹が立ってきた。
我慢なんてせずに、とっととヤッちゃってくれればよかったんだ。いつだって受け入れられるように準備してたのに。
よりによって一度だけ準備を怠った日に、どうしてこういうことになるんだ?
「今日はイヤってだけだろ?」
興奮しそうな自分を抑えたつもりの言葉だったのに、余計に無愛想な声になってしまった。
痛みが幾分引いたのか、ムクリと起き上がると、あろうことにチェストにしまいこんであった煙草に火をつけた。
おれの前では、決して吸わなかったのに・・・
「なにそれ?おれに対しての嫌がらせかなにか?」
こうなると、おれも止まらなくなる。
「別に?ここはおれの部屋やん。おれのしたいようにして何が悪いねん」
途中でせき止められてしまった欲望を溜め込んでいるためか、崎山の口調にもとげがあった。
紫煙が部屋に漂い始め、おれのイライラを増幅させる。
おれは今日がイヤなだけなんだ。別にその行為を否定しているわけじゃない。逆に毎日毎日その日がやってくるのを心待ちにしていたのだ。
それなのに・・・
「もうええよ」
お互いの呼吸が聞こえそうなくらいの沈黙を破ったのは崎山だった。
もういいって?
どういう意味だと視線を送ると、崎山は灰皿代わりの空き缶に吸殻を落としていた。
「友樹の気持ちはわかったから、もうええ」
「気持ちがわかったって・・・何がわかったっつうの?」
相変わらずの乾いた自分の声がイヤになる。
「抵抗あるんやろ?オトコとするのんは」
何度も否定したのに、まだそんなこと思っているのかと、自然に声が荒くなる。
「だから、違うって何度もいってんじゃんか!」
でも、もう興奮しているのはおれだけで、崎山はいたって冷静だった。
「ええよ。無理しんでも」
「だから―――」
「今日はイヤっていうのはな、体のいい断り理由ナンバーワンなんやで?」
あまりに淡々とした口調が、おれの胸をぐいっと締めつけた。
「友樹が言うようにほんまに今日はイヤなだけか知れんけど、イヤな理由を言うてくれへんなら仕方ないわ。何がイヤなんかわからへんなら・・・もう手ぇなんて出せへん。せやし、もう帰り」
動けずにいるおれの荷物をご丁寧にまとめると、座り込んだおれを引っ張り立たせ、玄関へと導いた。
「おれ―――」
何をどう言っていいかわからないおれの頭を、崎山はくしゃりと撫でた。
「ええよ。何もいわんでええから。ごめんな、悪かった」
笑みを浮かべる崎山の瞳は、とても寂しげだった。








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