微かな想い
『悲しみの果て』
〜康介side〜


第五話







もとは先生の叔父さんの持ち物だという別荘は、想像以上に大きかった。
車を降りてそれを目の当たりにして、先生ってもしかしてすっごくお金持ちなんだろうかと亮にいに聞いてみると、亮にいもその辺りの事情はよく知らないらしく、心底驚いているようだった。
通されたリビングには、壊したら弁償できないような高価そうな置物が並んでいて、はしゃぎまわる純平と陸が粗相をしないかと気が気でなかった。
陸についてまわっていると、亮にいと圭さんの会話が耳に入ってくる。
陸と純平を気にしながらも、ぼくはその会話に耳を欹てた。盗み聞きのようで嫌だったけれど、先生の話題みたいだったので、どうしようもなかった。
話によると、ここの別荘の持ち主だった先生の叔父さんは、有名な画家で、亡くなってからは全部先生が管理しているということだった。
亮にいは初めて聞いた話らしく、複雑な表情をしていた。
やっぱり、亮にいと先生は、ただの教師と教え子なのかな?
もしお付き合いをしているのなら、そんな事情を亮にいが知らないわけがない。
恋人同士かもなんて考えるから、すべての行為がそう見えてしまうだけで、ぼくの取り越し苦労かもしれない。
ぼくはほんの少し安心した。
部屋割りを決める段階になって、陸が圭さんと一緒がいいだなんて言い出して、ぼくも亮にいも目が点になった。
陸は亮にいと一緒がいいって言うに決まってると思っていたから。
迷惑なんじゃないかと圭さんを見たら、にこやかに陸と話している。
純平がぼくと一緒がいいと言ったもんだから、まさか先生と亮にいが同室?ってドキドキしたけれど、亮にいはひとりでダブルの部屋を使用することになった。
そりゃそうだろう。ここは先生の別荘なんだし、先生個人の部屋があるに決まっている。どうしても亮にいと先生を特別な関係だと考えてしまう自分に苦笑せざるを得なかった。
純平と部屋に案内され、荷物をほどく。ご丁寧にクローゼットまで備え付けられてるから、持ってきた服をしわにならないように、つるしていった。
「康介、風呂とトイレまで着いてるぞ?」
呼ばれて覗きに行くと、ユニットバスまでついている。
ベッドもふかふかで、純平は飛び跳ねてスプリングの効きを確かめていた。
「なあ、どうぜメシまでヒマなんだからさ、探検しに行こうぜ探検」
純平と一緒にリビングに戻ると、ここの管理人の西山さんに、この別荘について聞いてみた。
「峻哉さんが自由にしてくださいっておっしゃってましたから、探検でも何でもしてくださいな」
多恵子さんは笑いながら一通りの説明をしてくれた。
建物には、このリビングダイニングとキッチン、ゲストルーム、書庫があるらしい。書庫という言葉に反応したぼくに、たくさん本がありますからご自由にどうぞと場所を教えてくれた。
庭はかなり広くて、テニスコートやプールがあるらしい。森の奥には池があるけれど、あぶないから気をつけてくださいと注意を受けた。
そして最後に一つだけ、あちらの離れのほうには行かないようにと釘をさされた。
画家だった先生の叔父さんのアトリエがあって、亡くなった時とそのままの状態が保たれているらしく、多恵子さんもここに住み込むようになってからも一度も入ったことがないのだと言った。
ぼくたちが元気よく了承すると、多恵子さんは、お腹すかせておいてくださいねと、キッチンへと消えていった。
純平はリビングに戻ってきた圭さんと陸と庭へと出て行き、ぼくは教えてもらった書庫へと向かった。
十畳くらいの洋間の壁は、天井までたくさんの本でぎっしり埋まっていた。高いところの本も取れるように、書棚には梯子までついていた。
真ん中に革張りの応接セットが、窓際には一台のロッキンチェアーが置かれていた。
並んでいる書物は、百科事典から文庫まで、和書から洋書まで多種多彩だった。持ち主が画家だけあって、画集もたくさん置かれていた。
定期的に空気の入れ替えがされているのだろう、本特有のにおいもなく、ぼくはこの場所がとても気に入った。
数冊手にとって、ソファに腰を下ろすと、読書しやすいようにか、少し固めのクッションがとても心地よくて、ぼくは真剣に活字に目を落とした。
ふと気がつくと、窓から西日が差し込んでいた。
読み終わった本を戻し、読みかけの本を手に書庫を出た。
部屋に本を置いてリビングに戻ると、三人がリビングでテレビを見ていた。こんなところまで来てテレビを見ているのはもったいないなぁと思いつつ、亮にいと先生がいないことに気づく。
「あっ、もうすぐメシだからさ、悪いけど成瀬を呼んできてやってくれる?」
陸を膝に乗せた圭さんの頼みを快く引き受け、ぼくは亮にいの部屋へと向かった。
亮にいの部屋も同じつくりなのかな?ついでに見せてもらおう!
ぼくらの部屋を通り過ぎ、亮にいの部屋のドアをノックした。
「兄ちゃん・・・?そろそろリビングに来てよ」
返事がない。寝ているのかと思い、もう一度強めにドアを叩く。
「兄ちゃん?いるの?寝てるの?」
ノブに手をかけまわしてみたけれど、カギがかかっているようでまわりもしない。
カギがかかっているってことは・・・中にいるんだよね・・・・・・
中からはカギがかかるけれど、外からはかけられないタイプのドアだから。
ドアに耳を当てて中の様子を覗った。
かすかに聞こえる衣擦れの音に、やっぱりベッドで寝てるんだと、もう一度ドアを叩いた。
「兄ちゃん起きた?」
起きたのならカギを開けてくれればいいのに・・・・
「あ、ああ。着がえたら行くから」
やっと聞こえた亮にいの声はすこし上ずっているようだった。
カギも開けてくれそうにないこの状況に、ぼくは「待ってるね」と言い残すと、きびすを返した。
取り越し苦労だと思っていたあの不安が、再び顔を出し始めたのに、ぼくは気づかない振りをした。









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