微かな想い
『悲しみの果て』
〜康介side〜


第四話







旅行の話を聞かされた日、ぼくはなかなか寝付けなかった。
先生と数日間を一緒に過ごすことはこの上なく魅力的なことだったけれど、それよりも亮にいからの告白がぼくを眠りから遠ざけた。
『片岡先生の家に居候させてもらうんだ』
亮にいのうれしそうな言葉が頭の中をぐるぐるまわる。
隣りの布団では純平がぐうぐう寝息を立てて眠っているし、陸もすやすやと気持ち良さそうだ。
ぼくはふたりに背を向けて、窓のほうに寝返った。安っぽい薄いカーテンに街灯の明かりが透けて部屋をほんのり照らしている。
亮にいと先生の関係を不思議に思い始めたのはいつからだったろうか。
ぼくが先生と会ったのはたったの二回だ。
最初は亮にいが陸と揉めた時。二回目は亮にいの誕生日。
その時、はっと気がついた。
先生が亮にいに会いに来るのは、決まって亮にいに何かがあったときだ。
そして、先生がくるまでの亮にいは元気がなくて、先生に会った後は、元気を取り戻すんだ。
やっぱりふたりって・・・
そう思ってはブンブンと頭をふる。
そんなことはないと、そんなばかげた考えを吹き飛ばすように。
だって男同士なんだ。そんなわけあるはずがない!
でも、ぼくは?ぼくは男なのに男の片岡先生を好きになったんだ。
だから他の人がそうなる可能性だってある。
図書館で読んだ本には、同性を好きになることは珍しいことじゃないって書いてあった。
普通、卒業した教え子、しかも一年生の時に担任を持っただけの生徒と同居するだろうか。
いくら親しくなったからって、一緒に暮らしたりするだろうか。
思えば思うほど、先生が好きだという想いで見て見ぬ振りをしていた、心の奥に押しやっていた、ひとつの結論が、どんどんぼくに迫ってきて、ぼくはそれから逃れられなかった。
先生と亮にいは・・・・・・
ぼくは先生とお付き合いをしたいなんて望んではいない。夢見ることはあっても現実にそんなことはありえないとわかっている。
そして、ぼくの気持ちを誰にも気づかれたくない。それは今もかわりはない。
それでもやっぱり胸が痛い・・・・・・
先生と一緒の旅行。
ぼくは不安でたまらなかった。











二台に分乗した車は、一路旅先へと向かう。
皮肉にもぼくは先生の車に亮にいと乗ることになった。
助手席に亮にい、ぼくは後部座席に乗りこんだ。
後ろから見ていても何の変哲もないふたりだったけれど、亮にいが勝手知ったるようにカーステを操作しているその姿は、この車に乗りなれているかのような疑問をぼくに持たせた。
「先生、こいつはさぁ、おれと違って読書がすきなんだ?なっ、康介」
「おまえはほんと雑誌を見るだけだからな。康介くんはどんなのが好きなの?」
親しげに亮にいのことをおまえなんて呼ぶ先生に胸を突かれたけれど、こんな風に会話するのは初めてで、すごく緊張して言葉がうまく紡げない。
「えっあっ、読むのは好きなんですけど、あんまり持ってないんです・・・」
バイトもしていないぼくが買える本なんて限られていて、3年になってからはお小遣いのほとんどを参考書や問題集に費やしていた。
「別荘にはたくさん本があるから自由に読めばいいよ。軽井沢を愛した文豪はたくさんいるからね」
「有島武郎とか堀辰雄とか・・・」
受験勉強で覚えていた小説家の名前を口にしてみた。
「そうそう、あと室生犀星とか北原白秋、与謝野晶子とかね。康介くんよく知ってるじゃないか」
褒められて、何だかくすぐったくなった。
「堀辰雄は軽井沢が舞台だったし、一度は行ってみたいなって思ってたんです」
「じゃあよかったじゃん康介。何てたってタダだしな!」
振り返って騒ぐ亮にいに、「タダタダ言うな」って笑って言う先生の笑顔をバックミラー越しに見たぼくは、うれしいのと、ふたりの関係を疑問に思う気持ちが交錯し、あいまいにしか笑えなかった。









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