世界でいちばん





その9







目が覚めると、天井がチカチカ光っていた。





何だ・・・?





起き上がって、あたりを見回す。



ここ、片岡のマンションだ・・・ごちそう食って・・・眠ってしまったんだ・・・・・・



やっと意識がはっきりしてきて、事情がつかめてくる。
チカチカの原因は、クリスマスツリーだった。

「せんせ・・・?」
時計を見ると、12時前。眠ってしまってからまだ1時間も経っていないようだ。
「お〜、起きたか。気分は?」
パジャマに着替えた片岡が、バスタオルをかぶってバスルームから出てきた。
おれの隣りに腰かけると、ボディソープのいいにおいが漂ってきた。

「うん。もう全然平気。後片付け手伝えなくて・・・悪かった・・・・・・」
「今日のおまえは客なんだから、気にすんな。フロ入ってさっぱりしてこい。着替え用意しといてやるから」
片岡はおれの髪をくしゃくしゃとなでた。





シャワーを済ませ、バスルームから出ると、片岡がキッチンから冷たいジュースを持ってきてくれた。
「何でわかんの?」
おれの問いの意味がわからないのか、不思議そうな顔をした。
「何でおれがのど渇いたな〜って思ってたってわかんの?」
「何となく・・・かな?つうか愛の力?」
もし、愛の力だと言うのなら、どうしておれにはこいつの心がわからないのだろう。
浮かない顔をしていたのか、片岡が心配そうにおれを覗き込んだ。
「おまえって単純だからすぐわかんの!ほら、ジュース飲め」

タオルで水滴を拭って、グラスを手渡してくれた。
のどを潤しながら、チカチカ点灯し続けるツリーを見ていて思い出した。
玄関横のクローゼットに隠しておいたプレゼント・・・
「ちょっと待ってて!」
玄関に向かい、隠しておいた袋を持って帰ってくる。
改めて、片岡の隣りに腰を下ろした。



「これ・・・クリスマスプレゼント・・・気に入るかわかんねえけど」
家を出る時、おれが袋を持っていたのに気づいていなかったのか、片岡は心底驚いたようだった。
そういえば、おれが片岡に何か形のあるものをあげるのって初めてじゃん・・・
「開けて・・・いいか?」
目の前で開封されるのは恥ずかしいけれど、どういう反応を示すのか、それも気になる。
ガサガサと包みをほどいていく片岡の表情を、おれはうかがっていた。



喜んでくれますように・・・気に入ってくれますように・・・・・・



心の中で何度も何度も願いながら・・・・・・



「ネクタイ・・・?」
「ネクタイの選び方なんてよくわかんないけど、あんたにすっげえ似合いそうで・・・一目ぼれってやつ。どうかな・・・?」
「これ、アレだろ?おれ、このブランド大好きだぜ?スーツだってほとんどここの!」
「マジで?よかった〜」
おれはほっとした。片岡も喜んでくれているようだ。
「どうだ?似合うか?」
胸にあてて見せるけれど、チェックのパジャマの上からじゃわからない。
コドモみたいにはしゃぐ片岡がおかしくてゲラゲラ笑った。
「パジャマじゃわかんないって!今度ちゃんと締めて見せてくれよなっ」
きっと似合うはずだ。そしてさらに片岡の魅力を引き立ててくれるはずだ。
おれはそう思った。

「おれからはこれだ」

差し出されたのは、リンゴ大くらいの大きさの包みだった。
「開けていい?」
無言で頷かれ、おれはゆっくり丁寧に包みをほどいていった。
箱を開けると、腕時計が現れた。
「すげぇ・・・・・・」
おれがが愛用しているファンシーショップで1980円で売られていた時計とはエライ違いだった。
黒い型押し皮のベルト、重厚なシルバーのフレームに流行りのクロノグラフ。
それに、普通の時計より長針が長くて、それがこの時計を上品に見せた。
スポーツウォッチのようにごつごつしていないのに、オトコの時計という雰囲気を持っている。
それでいて、上品で美しい。
黒とシルバーと白しか使われていない色合いが、おれの好みにぴったりだった。

「嵌めてみろよ」
片岡は言うけれど、あまりに高級そうで、手にふれるのも憚られる。
「でも・・・こんな高いもの・・・・・・」
おれは、膝の上に箱を載せたまま、時計に視線を落としていた。
「いいから、貸してみろ」
箱をとりあげて、腕時計を取り出すと、おれの腕を掴むとパジャマの袖を捲り上げ、手首に時計を乗せた。
手首を裏返すと、ベルトを穴に通した。

「うん、似合う似合う」
おれは、腕をあげてみた。重厚そうなのに全然重くない。
大きさもちょうどよかった。

「手首の細いヤツに似合うんだって。だからおまえにぴったりだと思ったんだ」
自分でいうのもなんだけど、似合っていると思う。違和感がないし、とても手首になじんでいた。
「けど、これ高かっただろ?」
そればかり気になって仕方がない。
「12月はボーナスの月だから大丈夫。気にすんなって!それに、良い時計のひとつくらい持ってたっていいだろ?もうすぐ大学生なんだし」
「受かるかわかんないぜ?」
「受かるって。絶対合格する。成瀬が受からないはずがない。おまえ、頑張ってるんだから・・・」
隣りにすわって力説する片岡にふれたくなって、おれは身体を預けた。
「おいおい、どうした?」
もたれかかったおれの重みを支えながら、片岡はおれの肩に手を回してきた。



「たまには・・・いいだろ?甘えたって・・・」



肩に置かれた手が、頬や耳朶にふれ、身体がぞくりと震えた。
優しく撫でられ、身体の力が抜けていく。

「この時計、大事にするから・・・ありがと・・・・・・」
斜め後ろを見上げると、片岡が満足そうに微笑んだ。
おれはお礼の意味も含めて、その薄いくちびるにくちびるを重ねた。
「ほら、時計外しとけ。どこかにぶつけると壊れるぞ?」
おれを後ろから抱きしめる片岡の手が、おれの左手首の時計を外しにかかった。
「なんで?」
「なんでって・・・これからするんだろ?ほらっ」
時計をガラステーブルに置いた片岡は、おれの脇に手を差し込んで立ち上がらせた。
「寝室にも小さなツリーあるから・・・移動だ移動!」
片岡に手を引っ張られて、おれは寝室に連れ込まれた。





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