世界でいちばん





その7







ガラガラと引き戸を開けた途端、ふわりと何かがかぶさってくる。
「な、なっ・・・」
抱きしめられているとわかって、蹴りをいれようとした足を下ろした。
おれはこのぬくもりとにおいを知っている・・・・・・




「せんせ・・・・・・」



わけが解らず、とにかく身体を離そうと押し返すと、さらにぎゅうっと抱きしめられた。
「い、痛いってば!」
抗議のつもりで、背中をグーで叩くと、片岡はやっと身体を離した。
冷たい空気が、開けられたままの扉から吹き込んでくるのを防ごうと、手を伸ばして扉を閉めた。
片岡は、おれの肩に手を置くとぶんぶん揺すった。



「どうして・・・ひとりだって言わなかった・・・?」



その声があまりにも悲しそうで、おれは視線を落とした。
「別に、ひとりだってかまわないし・・・平気だし・・・・・・」
ウソばっかり口をつく。ウソは嫌いなはずなのに、こいつの前だと勝手に口からこぼれてしまう。
「今から弟たちとパーティーだって言ってたろ?なんでそんなウソをつくんだ?」
「あんたこそ、用事があったんじゃねえの?おれなんかより大事な用事なんだろ?」
責められてばかりいるのも癪に障って、おれは視線を片岡に投げかけた。
おれを真っ直ぐ見つめる瞳に釘付けになり、吸い込まれそうになる。
視線をそらすことができなくて、じわじわこみ上げてくるものを堪えようとすればするほどどんどん溢れてきそうだった。

ふうっと片岡は大きく息をついた。



「おれが、いつおまえより大事な用事があると言った?」
「いつって・・・あんたクリスマスイブは用事があるから会えないって言った―――」
「―――言ったか・・・?」
「―――言ってない・・・かもしれない・・・」
あの時、片岡が用事があると言ったのは確かだ。けど、会えないとは言ってなかった。
おれが、途中で会話を切って、弟たちと過ごすからと、片岡に伝えたんだ。

「おれに、おまえより大切なことがあるわけないだろ?おまえには、おれより大切なことがあったとしても・・・・・・」
「おれだって―――」
「おまえの優先順位は弟たちがいちばん。それは理解してるから・・・弟たちとパーティーするんだなんて言われたら、もうどうしようもないよ」
片岡の手が伸びてきて、おれの頬をとらえた。
「でも、パーティーが終わったころに、お兄さんを貸してくださいって、かっこよく迎えに来ようと思ってたのに、予定が狂っちまったよ」
「なんで、おれがひとりだってわかった・・・?」
「圭がさ、康介くんに会ったんだって。そこで、今日はみんなバラバラに過ごすんだって聞いたらしい。それで、おれがおまえと一緒だと思ったらしくからかいの電話を入れてきたんだ。邪魔するつもりの電話だったらしいが、助かったよ」
頬を包む大きな手が、今度はおれの髪を優しくなでる。
「で、おまえはどうしてウソをついた・・・?どうして今からパーティーだなんて言った?」
優しく甘い声で問われて、おれの意地っ張りな心が溶かされていく。
「あんたの用事の邪魔したくなかったから・・・・・・」
呟くような小さな声が聞こえなかったのか、片岡は「えっ?」と聞き返してきた。
「鬱陶しいヤツだって思われたくなかったから・・・わがままなヤツだって思われたくなかったから・・・あんたの迷惑になりたくなかったから・・・」
言ってしまうと、堪えていたものが溢れ出す。もう泣かないって決めたのに、自分の意志とは反対に、冷たいものが頬を伝った。
俯いて堪えようとするおれの顔を上げさせると、片岡は掌でおれの涙を拭う。
「そろそろ解れよ。おれにとっておまえがいちばんだってことくらい・・・おまえはおれに世界でいちばん愛されてるんだぞ?」
そして、おれをぐいっと引き寄せた。
「泣く時は、ここで泣け。つうか、そんなことでもう泣くな」
髪を撫でる片岡の指があまりに優しくて、おれはこの数日間の悲しみを、片岡の腕の中で全て流した。






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