世界でいちばん





その6







イブ当日、おれは三人に菓子折りを持たせて見送った。
陸にいたっては、初めてのお泊りということで前日から興奮しまくって大変だった。
「みんな、迷惑かけんじゃないぞ?」
「もうその言葉聞き飽きた!」
純平が口をとがらせる。
「じゃあ、ぼくは陸を送ってくから・・・」
康介が陸の手を引いて、おれに手を振った。





三人の姿が見えなくなって、おれは誰もいない家へと戻り、自室で受験勉強をすることにした。
しかし、問題集を広げてみるが、どうも集中できない。
居間へ降りて、テレビをつけると、どのチャンネルもクリスマススペシャル番組を放送していた。
クリスマスという言葉をもう聞きたくなかった。ひとりでいる自分が情けなくなるから・・・・・・
時計を見ると、まだ2時だ。街に出ても、浮かれた人ばかりできっと疲れるだけに違いない。
自室に戻って、参考書を片手に、ベッドに寝転がった。



今頃片岡は何をしてるんだろうか・・・?
用事ってどんな用事なんだろう・・・?
おれよりも大事なこと・・・?



あの時わがままを言っていたら、一緒に過ごしたいと正直に話していたら・・・片岡はおれを優先してくれただろうか?
本当なら、今頃、料理の仕込みをしているはずだった。そのために、ローストチキンの焼き方も勉強した。片岡のマンションのキッチンは広くて何でもあるから、けっこう豪華な料理が作れるはずだった。
全部が想像で終わってしまった・・・・・・
おれは、大きく息をつくと、目を閉じた。
今眠っておけば、夜には勉強に精を出せるかもしれない・・・そう思いながらおれは眠りの世界へと入っていった。








ブーン・・・ブーン・・・ブーン・・・・・・・・・








頭のあたりで何か振動している・・・・・・
うっすら目を開けると、ケータイのようだった。サイレントモードにしたままだったのだ
ディスプレイも確認せず、無意識に通話ボタンを押した。





「―――はい・・・・・・」



『あっ、おれだけど・・・』



おれは、布団を跳ね除け、起き上がった。
「・・・何・・・?用事あるんじゃなかったの?」
『まあな・・・おまえは?』

「おれは・・・・・・」
ひとりだと言ったら片岡はどうするだろう?すぐにきてくれるのだろうか?
一瞬そんな考えが頭をよぎったが、用事の邪魔をしたくなかった。
「おれは、弟たちとパーティーだっつったろ?これから始めるとこだ」
『そうか・・・』
少し残念そうな、でもほっとしたような「そうか」だった。
もっと話していたいけど、声を聞いていると、変なこと言いそうで、おれは大きく息を吸った。
「じゃあ、切るわ。またな!」
返事を聞く前に通話を切った。
時計を見ると7時。まだまだひとりの夜は長い。
ヒーターの電源を入れて、温まるまで布団にもぐりこんだ。頭まですっぽり布団をかぶると身体を丸めた。
いつもは騒がしくて勉強がはかどらないと思う時もあるこの家が、今日はしんと静まり返っている。
思えばひとりの夜なんて、一度も経験したことがなかった。いつだって兄弟の誰かがこの家にいた。
顔を合わせてなくても、会話をしなくても、誰かが同じ屋根の下にいることは、とても安心できることだったんだと、ひとりになってやっとわかった。
にわかに部屋が暖まってきたから、布団から抜け出し机に向かう。
数学の問題集を取り出したが、あいつを思い出しそうで、英語の問題集に変えた。

おれだけじゃない。世界中にはひとりで今日を過ごすヤツなんかたくさんいるに違いないんだと言い聞かせる。
おれは受験生だから、遊んでいるヒマなんてないんだ。勉強なんてやりすぎることはない。やった分だけ報われるんだと、問題集に目を走らせた。





集中し始めると時間の経過もわからなくなるおれが、はっと時計を見ると、もう9時だった。
先に風呂でも入ろうか・・・・・・
下着とパジャマを抱えて階下に降り、風呂場に向かおうとした時、玄関チャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だっつうの!」
無視して風呂に入ろうとするが、しつこく鳴らされるチャイムが気になる。
もしかして、陸かも・・・・・・
おれは、玄関に急いで、カギを開けた。








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