世界でいちばん





その5







「ただいま」
玄関でくつを脱いでいると、陸が走ってきた。
「おかえり〜ねえ、亮兄ちゃん、ちょっと来て?」
おれを居間へと引っ張り込む。
「あっ、おかえり」
康介が珍しく純平の宿題を見てやっていた。
「康介、あくまで教えてやるんであって、代わりにやってやるんじゃないぞ?」
「わかってるって!」
「ねえねえ亮兄ちゃん!」
陸が何か言いたそうにおれを見上げるから、おれは畳に腰を下ろした。
「何だ?」
「クリスマスイブの日に、大ちゃん家に泊まりに行っていい?」
「大ちゃん・・・?」
「ほら、三丁目の安原さん。白い大きな家の・・・・・・」
康介が陸のフォローをするように付け加えた。
確か、陸がいちばん仲良くしている友達である。

「大ちゃんのお母さんがね、パーティーするから泊まりに来なさいって。うちの人にきちんとお話して、いいよって言ったらねって・・・」
陸は一生懸命説明する。
「ほんとに、泊まりに来てもいいって言ったのか?」
「さっき、安原さんから電話があったよ?もしよければ来てくださいって。優しそうなオバサンだったけど」
またもや康介のフォローが入った。
「―――陸は・・・行きたいのか?」
おれが問いかけると、陸は申しわけなさそうに答えた。
「兄ちゃんたちとのパーティーも楽しみにしてたんだけど・・・大ちゃん家のパーティーも楽しそうなんだもん」
まだ小学3年のくせに、家族に気を使う陸に、おれは堪らなくなった。
「じゃあ、行ってこいよ。そのかわり、プレゼントはお小遣いの範囲で買うこと。安原さんに迷惑かけないこと。守れる?」
「うんっ!」
陸は、満面の笑みを浮かべて返事をした。
「亮兄ちゃん、おれもさ、ミツルん家でパーティーしようって誘われてるんだけど・・・」
純平が切り出した。
「兄ちゃん・・・ぼくも・・・中学最後だからみんなで過ごそうって、タカん家に誘われてるんだ・・・」
ふたりともとても言いにくそうに、クリスマスの予定を報告した。
陸にOKを出した手前、それより年上の康介や純平を止めるわけにはいかない。
「おまえら、家に行くなんていって、外で夜遊びとかしないだろうな・・・?」
「絶対しないよ〜それくらい信用してくれよ!なあ康介!」
純平が康介に同意を求めると、康介も頷いた。
「わかった。おまえらを信用するから・・・じゃあ今年の我が家のパーティーは中止ということで」
「亮兄ちゃんは・・・?」
心配そうに、三人がおれに視線を投げかける。
「実は、おれも予定があるんだ。だから、今年はそれぞれがクリスマスを楽しもうなっ!」
おれが笑うと、三人は安心したように、それぞれの位置に戻って行った。





自室に戻り、制服を脱ぎ捨て部屋着に着替えると、ベッドにどさりと身を預けた。
片岡にフラレ、弟たちにフラレ、心にぽっかり穴が開いてしまった。
特に、弟たちのことを考えると、開いた穴を冷たい風が吹き通っていく想いにかられた。
どんどん弟たちから、おれの存在が消えていくのが悲しかった。おれよりも大事なものができていくのが淋しかった。
自分だって、片岡を好きになって、片岡とイブを過ごしたいと思っていたくせに・・・・・・
おれには戻る場所があると思っていた。片岡にフラれても、弟たちがいるからと思い込んでいた。
だから、片岡に断られても、平気な素振りができたんだ・・・・・・
部屋の隅にかためられたプレゼントの袋も、なんだか寂しそうに見えた。





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