世界でいちばん





その3







どうせなら、飾っておくものよりも身につけてもらえるものがいいと、おれは紳士服売り場を見てまわった。
おれには用のないスーツ売り場に足を運ぶ。
あいつって、学校ではいつもスーツだもんな・・・・・・
セーターやジャージなどラフな格好をしている教師が多い中で、片岡はいつだってスーツにネクタイ姿だった。清潔そうな白いシャツにシックな色合いのスーツをスマートに着こなしていて、それは少しクールな表情と端正な顔立ち、そして本当はとても優しい瞳を隠す銀縁眼鏡にとても似合っていた。
ネクタイっていいかも・・・・・・
ネクタイなら毎日変えるはずだし、何本あっても邪魔にならないだろうと、並べられたネクタイを吟味するが、どれもオジサンくさくてピンとこない。
迷いながら、奥へ奥へと歩を進めると、専門店にたどり着いた。
二ノ宮に連れられて一度やってきたラルフローレンの隣りに、上品なつくりの店を見つけた。

雑誌でしか知らないけれど、落ち着いたデザインの服や小物が多いことくらいはおれでも知っている。
そういえば、この間片岡に借りたマフラーもここのブランドのものだったような・・・・・・

高級そうな木のつくりの外観に気後れしたら、えいっと店内に足を踏み入れた。





「いらっしゃいませ」
グレーのスーツをおしゃれに着こなした若い店員は、にこやかに挨拶をしたものの、なにやら書き物をしていて寄ってこなかった。
店員にかまわれるのが嫌いなおれはほっとしてキョロキョロとネクタイを探した。

ガラスケースにきれいに陳列されたネクタイを端から吟味していくと、一本とても目につくネクタイを見つけた。
全体的にはグレーなのだが、よく見ると白とグレーの細かい賽の目になっている。少し光沢感のある布地が、華やかさを持たせていた。
このネクタイを結んだ片岡が、自然と思い浮かぶ・・・・・・
「気に入ったのがあったらお出ししましょうか?」
いつの間にか傍らに寄ってきていた店員が、笑顔でガラスケースを開けるから、おれはそのネクタイを出してもらった。
「これ、いいでしょ?おれも好きなんだけど、地味なのか皆さん敬遠されるんですよね」
店員は、売り物の白いシャツを持ってきて、そのネクタイを当てて説明してくれた。
「ほら、シャツにすごく生えるでしょ?シルクだから光沢もあるし。シックなスーツに合わせても暗くならないと思うんだけどなぁ・・・」
そう言いながら、制服姿のおれの顔をまじまじと見た。
「きみが着用するの?」
「いいえ・・・・・・」
「お父さん・・・じゃないよね?お兄さんかなにか?」
「まあ・・・そんなもんです」
すると、店員はにこやかに笑った。
「こういう地味なネクタイは、する人によってかなり印象が変わるんだけど、たぶんきみが贈りたいと思ってる人には似合うと思うよ?」
「ちょっとクールな感じの人なんだけど・・・」
「いくつくらいの人?」
「26歳・・・かな?」
「いつもどんな服着てる人?」
「普段着もスーツもシックな感じで、モノトーンが多くて・・・ここのマフラーしてたから、このブランド好きかなって・・・」
自分でもおかしかった。
赤の他人に片岡のこと説明して、一体なにやってんだ?

制服着た高校生が、プレゼントにネクタイを買いにきている。
しかもあげる相手はお兄さんのような人。
勘ぐられても無理はないのに、この店員は真剣におれの話を聞いていた。

「きっと似合うよ。それに、きみが一生懸命選んだものなんだから、喜んでくれると思うよ?」
その言葉が、とても心強かった。
「じゃあ、これにします」
おれの決断に、店員はにっこり笑って、カウンターへと消えていった。





ぶらぶら店内を見ていると、きれいにラッピングされた商品が、ロゴ入りの袋に入れられて、ガラスケースに置かれた。
「クリスマスカード入れておいたから、もしメッセージ書くなら使ってね。では・・・と、13650円ですね」
「あっ・・・・・・」
おれってなんてバカなんだ!値段を見てなかったじゃないか!
それにネクタイってそんなに高いのか・・・?

財布を開けると、万札が一枚しかなかった。
「す、すみませんっ!一万円しか持ち合わせがなくって・・・明日お金持ってくるんで、置いておいてもらえないですか?」
あたふたするおれを見て、店員の表情が少し変わった。



やっべ〜怒られるかな・・・?



「値段見てなかったんだ・・・?」
「す、すみません・・・」
とりあえず謝った。
「予算一万円だった?」
「ははは・・・・・・」
ほんとはもう少し低予算だったけれど、笑ってごまかした。
「じゃあ・・・おれが買ったことにして、社員割引にしてあげるよ。でも今回だけな?」
ポケットから取り出した電卓をはじき出した店員に、おれは声を大きくした。
「そ、そんな、だめですっ!明日きちんとお支払いしますから!」
「いいっていいって。おれ、そのネクタイ気に入ってたんだけどずっと売れなくて悲しかったからさ。売れ残ってたら買おうって思ってたんだ。けど、似合いそうな人に着用してもらえるならそれがいちばんだし。おれには少しオトナっぽすぎるから」
「でも・・・・・」
「社員割引で7割にしても、儲けがあるってことだから。気にしないで。でも内緒な。今日は店長いないから、きみラッキーだよ?じゃあ、9555円ね」
おれが握っていた万札を手から奪い、カウンターに消えると、お釣りを持ってきた。
「また買いにきてよ。今度はその人と一緒にね」
そう言って、お釣りと、袋を手渡してくれた。
「じゃ、頑張って!」
にこりと笑うと、ちょうど店内に入ってきたお客のほうに向かっていった。



何を頑張るんだ?



よからぬ誤解を招いたのか、いやいや誤解ではなく事実なのだが、おれは頭を下げると、店を後にした。





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