無口な空の下






<9>









「やめたやめた」
ぶっきらぼうの口調に反して、少し歪んだ表情を浮かべると、テーブルを挟んだ反対側に腰を下ろし、煙草に火をつけた。
おれも慌ててはだけたシャツを直す。
「こういうのって、お互い求め合わなくちゃ、つまんないだろ?きみだってそれくらいわかるよな?」
「たかす―――」
「きみはおれへの気持ちが恋愛感情なのかわからないって言った。それを承知で誘ったのはおれの方だ。だからきみがおれの身体に関心がなくても仕方ないとある程度は割り切ってたし、それでもよかった。だけど・・・無反応なのはたまらない」
「そんな・・・」
「そんなことないって?否定するわけ?」
渇いた声に詰問されおれは何も言えなくなった。
「おれのキスにきみは応えてくれたけれどそれまでだ。おれに触られても気持ちよくなんてないんだろ?繰り返しになるけど、おれの身体に触れないのは仕方がないと諦めがついたとしても・・・どんなに触れても相手が感じない、その気にならないなんて最悪じゃないか。それに・・・」
高杉は言葉を切ると、煙草を揉み消し空き缶に落とした。
「無反応な上に心ここにあらず、しかも他のヤツのことを考えてる相手とセックスしても虚しいだけだ」
「高杉さん・・・・・・」
言うべき言葉も見つからない。
全部本当のことだからだ。
高杉の提案を受け入れて、高杉がおれを好きだということを利用してその好意に甘え、好きになれるかもしれないなんて曖昧な気持ちのままのこのことここにやってきて、誘われるがままにセックスしようとして高杉と片岡を比べ、あげくの果てに片岡のほうがよかったなんて結論を出していた。
サバサバした口調だけれど、傷ついているに違いないのに、慰めの言葉も言えやしない。
「片岡さんのことを考えてただろ・・・?」
「そ、それは・・・・・・」
「結局のところ、きみの心には片岡さんが住んでいるんだよ。きみは会うたびに彼のことをもうすっかり過去の人だなんて笑ってたけど、おれにはまるできみが自分に言い聞かせているようにしか聞こえなかった。すっかり平気だと、いい思い出だったときみが笑うたびに・・・おれは居たたまれない気持ちだった。だけどきみがそうしたいのならそれでいいと思ったし、これからのきみの人生に今度はおれが関わりたいと、その笑顔をホンモノにしたいと願ってた。嬉しいことにきみに嫌われてはないという点に関しては自信があったし。今きみのそばにいるのは片岡さんじゃなくておれなんだ、そういい聞かせてずっと・・・・・・」
一ヶ月前、高杉に告白されて驚いた。
しかし、果たして本当にそうだったのだろうか。
おれは・・・本当は気付いていたんだろう、高杉の気持ちに。
この街に来る前は、おれは恥ずかしいくらい片岡一色の毎日を送っていて、高杉を親しい友人としか見ていなかった。
だが、再会してからは違った。
表面的には何ら変わりのない高杉から、以前とは違う何かを感じていた。
感じ取っていたのに態度に出さない高杉に甘え気付かないフリをしていただけなのだ。
おれは、なんて自己中心的な、最悪な人間なんだろう。
おれは高杉を傷つけてしまった事実を正面からとらえ、うなだれるだけだった。
高杉をかわいいと思ったのも、ただの勘違いだったのだろうか・・・・・・
大人ぶっている割には案外コドモな心を持っているところも、おれより年上というのがネックになっているのかおれの前ではいつも毅然としているところも、たまに見せるドキリとする仕草も、おれには刺激的で、そういう部分を発見するたびに嬉しくてウキウキした。
その気持ちの根源を恋の始まりだと喜び、きっと好きになれると思っていた。
男同士の恋愛を、行き過ぎた友情だととなえる人がいるけれど、おれの高杉に対する恋情に似た感情は、ただの友情に過ぎなかったのだろうか。
そしてそれは、ホンモノの恋情には変わらないのであろうか。
もしそうだとしたら、おれは高杉になんてことをしてしまったのだろう。
『おれとヤってみない?』
そう言われたときに断っておけばよかったのだ。
自分の気持ちも定まらないくせに、のこのこと誘いに乗ってしまったおれがバカなのだ。
高杉は正直に自分の気持ちを話してくれていたのに。
結局のところ、高杉との『お試し期間一ヶ月』の結末は、おれの心にはまだ片岡が住んでいるということを知らしめるための時間だったのだろうか。
そんなことを知るために高杉の時間をおれは奪ったのだろうか。
だけど・・・それを自覚したからといって一体どうなるというのだろう・・・・・・
「亮くんは、まだまだ片岡さんのことが好き―――」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
自分でも驚くほど落ち着き払った声音だった。
遮られた高杉は驚きを浮かべている。
「亮くん・・・?」






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