無口な空の下






<8>








仕事が終わる時間を見計らって待ち合わせ、普通に食事をすると、マンションに誘われた。
明日からゴールデンウィークでおれの方の仕事は休みに入ることを知らせると、それなら泊まっていけばいいと言われ、迷いながらも了承し帰り道のコンビニで必要なものを買い揃えた。
駅から歩いて10分程度の、静かな場所に建つ綺麗なマンションは1DKで、本当にここに住んでいるのかと思うくらいモノがなく、またそれが高杉に似合っていた。
フローリングの床に座ると、シャワーを浴びたいという高杉を、テレビを見ながら待つ。
小さなテーブルの上には買ってきたビールを並べ、小さな宴会の準備は万端だ。
その前に、きちんを返事をしなくてはならないだろうが・・・
おれは正直に自分の気持ちを話そうと決めていた。
惹かれているのは事実だけれど、はっきり『好き』かと言われればわからないと。
ただ、一ヶ月前よりも、好きになる確率は高くなっていると言うことも。
「悪い。待たせて」
部屋着に着がえて濡れた髪を拭きながら隣りに座る高杉にドキリとさせられた。
湯上りの彼はとてつもなく色っぽい。
さほど広くもない部屋だから、肩が触れそうなほどの距離に高杉がいる。
ほんのり香るボディソープと、触れてもいないのに少し上気した体温を感じ、変にドキマギする自分がいた。
「とりあえず、乾杯」
プシュッと缶ビールのプルトップを開けるとゴクゴクと一気に飲み干してしまう。
いつもならその飲みっぷりがかっこいいと思うのに、今日は動く喉仏に見惚れてしまい、しかもそこに色気さえ感じた。
あわてておれも一気にビールを煽った。
テレビではバラエティー番組が始まり、観客の笑い声が響いている。
高杉と一緒にテレビを見るのも初めてならば、こういうシチュエーションも初めてだった。
いつだって会うのは外だったから。
それでも不自然と感じることはまるでなく、心地よい空間だと思うことができた。
テレビを見ながら何のことはない会話を繰りかえす高杉に、おれもすっかり返事のことを忘れていた。
しかし、空き缶が数本転がるころだった。
「で、どう?」
変わらない会話の続きのようにごく自然に高杉が例の話題にふれてきた。
「どうって・・・何がですか?」
とりあえずとぼけてみると、高杉がテレビを消して黙り込んでしまった。
「ごめん。ちゃんとわかってる。今日はおれが答えを出す日なんですよね」
おれは、姿勢を正して高杉の方に向き直った。
「おれ、高杉さんのこと、好きです。でもそれが恋愛感情かどうかは正直まだわかりません。ただ会うたびに好きになっていく・・・それは事実です。だから、今日返事って言われると困るんですけど・・・・・・」
だからもう少しこのままの関係を続けていくのってダメですか?
そう続けようと思ってやめたのは、高杉が何だか悲しそうな表情に見えたからだ。
おれの答えは、高杉にとって悪いものじゃないはずだ。
なのに、どうして・・・?
「じゃあさ・・・」
口ごもったおれに高杉が問いかけた。
「おれとヤってみる?」
ヤってみるって・・・まさか・・・って考えるヒマもなく、高杉がおれににじり寄ってきた。
「ヤってみたらはっきりわかるんじゃない?君にとっても抱けもしないヤツとの恋愛を考えるなんて時間の無駄だろうし」
「た、高杉・・・さん?」
身体を引いてみたところで逃げ場は限られていて、すでに背中はベッドサイドに当たり行き止まりだ。
身じろぎながらも抗いはしなかった。
今晩ここに泊まると決めたときにこういう展開を予想しなかったわけれはないから。
もし身体を重ねることで高杉への気持ちにある程度のケジメがつけられるのならそれもいいかと自分を納得させた。
想像通り、キスされても全く嫌悪感はなく、誘うように入り込んでくる舌を自然と受け入れた。
おれは片岡しか知らないけれど、きっと高杉のキスは上手いのだろう。
「どう?」
離された唇が紡いだのはそんな言葉で、おれはどう答えていいかわからなかった。
「ど、どうって・・・・・・」
見つめられる視線に耐えかねて目を伏せるとラグの上に押し倒されのしかかられた。
「亮くん、もちろん抱かれる側だったんだよね?」
上から見下ろしながら露骨に尋ねる高杉の冷静な口調に押され気味で、うんともすんとも言えないでいると、「ま、挿入行為だけがセックスじゃないからね」とひとりごとのようにつぶやくと、おれのシャツのボタンを外し始める。
「た、高杉さんっ、ち、ちょっと待ってくださ・・・いっ・・・・・・」
開かれた鎖骨の辺りを舐められ、身体にザワリと震えが走る。
これじゃあ高杉のペースにハマリすぎだ、いや、高杉から誘ってきたのだからこれでいいのか。
様々なことが頭を駆け巡るその間中、高杉はおれの素肌に指先を這わせ、キスを浴びせる。
おれは人形のようにされるがままだった。
どこを触られても舐められても少しの嫌悪感もないけれど、それに等しく快感もなかった。
コトが始まる前までは、おれは確かに高杉に煽られていた。風呂上りのボディソープの匂い立つ身体に艶めいた感情を抱いていた。
それなのに、いざセックスが始まると、すっかり欲情は消えうせていた。
もともと性欲に対しては淡白なほうだった。
ひとりで処理することを覚えた中学時代からずっと、セックスに関して人並み程度には関心はあったが、だからといって持て余すことはなかった。
そんなおれを変えたのは、片岡だ。
初めてのキスも、初めての家族に対する嘘の原因も、初めてのセックスも・・・どれもかれもみんな片岡が相手だった。
今でもセックスという行為が好きなのかわからない。
でも、片岡に抱かれるのは好きだった。
抱かれることを欲した。
行為そのものだけでなく、肌が触れただけで心乱された。
触れ合う先から快感が迸るようで、それを追うことに夢中になった。
心と身体は別だと唱える人がいるが、おれはそうは思わなかった。
片岡とのセックスは、心をも満たしてくれたから。
それが全てだとは言わない。
だけど、やっぱりセックスって、そういうものじゃないのか?
おれに触れていた高杉の動きが止まり、ふわっと重みが消えた。
「高杉さん・・・?」
上半身を起こすと、何一つ衣服の乱れのない高杉がおれを見下ろしていた。






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