無口な空の下






<6>








付き合うことになってから、約束通り高杉は3日と空けずおれのところにやってきた。
新幹線を利用すると30分の距離。
高杉の勤める店は10時開店で夜8時閉店だから、おそらく閉店と同時に店を出てこっちに来るのだろう。
9時に駅で待ち合わせ、そのまま食事をし、最終の新幹線で帰ってゆく、そんなデートだった。
何だか高杉にばかり負担をかけているようで、おれの方からも出向く旨を申し出たのだが、出勤時間が早いキミが無理することはないとあっさり諭された。
たかが30分くらいの移動はどうってことないと反論すると、定期を買ったからもったいないんだと、パスケースを見せられてしまった。
それならそれで、少しでも楽しんでもらおうと、評判の店や隠れた名店をリサーチしては、そこに案内した。
高杉は素直に喜んでくれ、それだけでおれは満足だった。
お試し期間とはいえ、一応は付き合っているというスタンスだから、ある程度の甘い時間を過ごすことになるのかもしれないと、不安のようなそれでいて期待のような言い得ない気持ちを持っていたのだが、今までと全く変わらなかった。
仕事のことなどをお互いに報告し合い、そして次の約束をし、改札口で別れる。
甘い言葉もささやかなふれあいもない、友人として付き合っていたころと変わりのない時間を過ごした。
ただ、日が経つに連れ、ふとした瞬間に高杉を可愛く思うことがあった。
高杉はおれと2歳しか年齢差がないにもかかわらず、人生を悟ったような仙人的思考回路を持ち合わせていて、おれが行き詰まった時や立ち止まった時に、いつも力を貸してくれる頼れる存在だった。
どうしてだかいつまでたっても彼への敬語は抜け切らないのはそのせいかもしれない。
見かけのクールさとは裏腹に、話上手で聞き上手。
朗らかな会話の中にも落ち着きは忘れない、男のおれからみても正直カッコイイと思う。
だが、いざ恋人としての付き合いが始まっても何ら変化のない関係の中で、今まで気にも留めなかった高杉のコドモっぽい瞬間にちらほら気付き始めたのだ。
例えば改札での待ち合わせ。
仕事用のスーツをすっきり着こなし、おれの待つベンチへとゆったり歩み寄ってきて、平然とした顔で「今日はどこに連れてってくれるんだ?」なんて言う割には、呼吸を乱していたり。
一度驚かせてやろうとホームで待っていたら、扉が開くと同時に走り出し、改札を出ると息を整え、いつものベンチへと歩いて行った。
おれがいないのを見てとると、あたりをキョロキョロ見回し、ベンチに腰を下ろしたものの、ケータイばかりを気にしていた。
しばらく様子を見ているとなぜかその横顔が不安げで居たたまれなくなって声をかけると、一瞬安堵の表情を浮かべたものの次には澄まし顔で「今日は一本早いのに乗れたからおれの方が早かったな」なんて余裕の笑みを浮かべていた。
付き合おうと言ったのは高杉のほうだ。
だからおれは、彼がこれを機に好意を露わにするんじゃないか、悪く言えば好きという気持ちを押し付けてくるんじゃないかとさえ思っていた。
それなのに一向に態度を変えない高杉を、少し不思議に思っていた矢先、そんな光景を目の当たりにして、やっぱり彼はおれを好きでいてくれて会いたいと思っていてくれているのだと、そしてそれを隠そうと平気な顔をするのだと思うと、心の奥に暖かい感情が生まれ、年上の彼をかわいいと思った。
例えば食事中。
好きなものは最後に残すクセを発見した。
なかなか食べようとしない付け合せのトマトを、嫌いなのかと気遣い口にすると、最後に食べようと残しておいたのだと口をへの字にゆがめる。
コドモみたいだと揶揄うと、それがツウの食べ方なんだとわけのわからない反論をする。
熱いものが苦手なくせに、そんな素振りを見せずに顔をしかめて食事を進めたり、魚の骨を取るのが苦手だったり。
食事を一緒になんて今に始まったことじゃないが、そういう新しい発見はとても楽しく、そしておれが今までいかに高杉のことを気に留めていなかったかを自覚することにもなった。
そして別れ際。次の約束をし、じゃあなとひとこと残し、あっさり改札を通り抜けるくせに、改札の中に入った後は、おれが背を向けるまでホームに上がらず、逆におれを見送ってくれる。
それならホームまでついていくと言うと、どうせすぐに会うんだからいらないと、クールに跳ねつける。
おれが知っている高杉とのギャップを知るたびに、どんどん彼に惹かれていっている、そんな気がした。
おれの気持ちに徐々に変化が現れるのとは逆に、高杉との関係はいたって変わりなく、恋人らしいスキンシップをしたことがないまま、約束の1ヶ月が近づいてきた。
高杉とは色めいた雰囲気すらなくかなり親しい友人の枠に収まったままだったが、おれは結構満足していた。
ただひとつ、やっかいな感情が生まれ始めていた。
高杉の好意を感じるたびに、片岡を思い出すのである。
片岡と付き合い始めた時と同じく『一ヶ月おためし期間』なんていう特別なシチュエーションだからだろうか。
どう考えても、おれと高杉のお互いを思う気持ちには差があると思う。
高杉に惹かれていっていることは事実だが、まだ高杉のおれに対する気持ちには追いついていないはずだ。
告白してきたのも試しに付き合ってみようと提案してきたのも高杉の方なのに、全く恋人としての関係を求めてこない。
しかし、変わらず平静を装いながらも垣間見えるおれへの気持ちを感じるたびに、もしかして片岡もおれのことをこんな風に見ていたのかもしれない、なんて考えてしまうのだ。
あの頃、おれは片岡に惹かれていく自分を一生懸命隠していたつもりだったが、きっとその気持ちはバレバレで、相当おかしかったに違いない。
高杉は、それとは逆に隠さなくてもいい気持ちを隠しているからあの頃のおれとは全く違うはずなのだが、おれが高杉をかわいいと思う感情と、片岡のおれに対する感情が似ているような気がしてならなかった。
ということは、おれはすでに高杉に対して恋愛感情を抱いているということなのだろうか。
せまり来るその日を前に、おれは自分の心に問いかけ続けた。
そして、十分な答えを出せないまま、約束の1ヶ月が過ぎようとしていた。






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