無口な空の下






<5>








極端な話、美形度では引けをとらないであろう二ノ宮とキスしてみろと言われれば断固として拒否するけれど、高杉となら構わない気がする。
ゲイである彼が付き合おうと持ちかけてきたということは、もちろうそういう行為も含んでのことだろう。
まさかいい歳こいた大人が、お手手繋いでそれで終わりなんていう恋愛を望んでいるとは到底思えない。
でも、もしそうなった場合、おれは彼に抱かれるのか?
それは、とても想像しにくいことだった。
そういえば、それはどうやって決めるのだろう。
片岡との場合は、別に考えることもなかったんだけど・・・・・・
そんなことを考えて、おれは慌ててしまった。
誰がそこまで考えろって言ってんだよ!!おれ、バカじゃん!!!
そして安心もした。片岡との甘すぎた行為を思い出しても心が痛まないことに。
おれはどうやら、性別なんて生まれた時についてきたおまけみたいに考えることができるらしい。
片岡とのことが終わった時は、今度はオンナと恋愛して、結婚して、ごく普通に家庭を築いて行こうと考えていたのに。
それともおれって、来るもの拒まず、去るもの追わずタイプなのかも・・・・・・
「どうしたの?亮くん?」
ボーっとしていたのだろう、顔を覗き込まれてそこにツヤツヤの唇を見つけ、どぎまぎした。
お、おれって・・・何なんだよ!!!
「あ、お、高杉さんがオトコってことには問題ないです。ほんと、おれの気持ちの問題だけで」
ズズズと音をたててグラスの中身を全て飲み干し心を落ち着けると、高杉もカップを手にしていた。
そのしぐさを目で追っていると視線がぶつかり、ふいとおれは視線を外した。
おれ、絶対おかしい・・・
「もうひとつ質問。たぶんおれの自惚れじゃないと思うんだけど、おれのことは嫌いじゃないよね?」
笑顔付きの質問におれは促されるように大きく頷いた。
「嫌いなんてとんでもないですよ。どっちって言うと好きっていうかなんて言うか・・・」
「その好きが、恋愛に変わる可能性は、少しでもあるのかな?」
「―――それは・・・おれにもよくわかりません。でも、全くないとも言えません」
それがおれの正直な気持ちだった。
告白されてから高まる一方の胸のドキドキを否定することはできない。
「そうか・・・」
高杉からこぼれた言葉は安堵感に満ちていて、真剣におれを好きでいてくれるんだなって、少し感動した。
さらに次にもたらされた言葉に、おれは驚かされた。
「亮くん、おれと試しに付き合ってみない?」
「お試し・・・?」
「そう、う〜ん・・・じゃあ期限は一ヶ月。その間にきみがその気にならなかったらおれはすっぱり諦める。もちろんきみがよければその後も友人として付き合ってほしいけど」
「一ヶ月・・・でもそれじゃあそんなに会えないですよ?」
週に2回休みだとしても、週末休みのおれと、シフト制の高杉では、休みを合わすのも難しいのだ。
「でも、そんなに長くお試しで付き合って情に流されて・・・なんてヤだし。きみとおれとはもう5年の付き合いだしだいたいの人となりは理解してるだろ?ただ、その気になるかならないかだけの問題で。もちろんきみがこの提案を受け入れてくれるなら、おれは仕事が終わってからだって会いに来るつもりだし、今より一緒に過ごす時間を増やすつもりだけど」
お試し期間で一ヶ月・・・奇しくもそれはおれと片岡が付き合い始めるきっかけになる出来事と同じだった。
あの時言い出したのはおれで・・・そしておれは見事片岡の手に落ちてしまった。
落ちてしまったといえば語弊があるか・・・・・・おれはその一ヶ月で片岡の魅力にハマり、差し伸べられた大きな手を自らの意思で取ったのだ。
おれは片岡に告白されるまで、片岡に対し好印象は持っていたものの、特別な感情は抱いてはなかったはずだ。
それなのに、たった一ヶ月間、甘く優しく恋人のように扱われて、心を奪われてしまった。
それならば・・・・・・
それならば、おれはこの一ヶ月で、高杉のことを好きになる可能性だってあるのだ。
今思い起こしてみても、片岡に愛された数年は至福の時だった。
些細なケンカもしたし、確かでない未来に不安を覚えたりもしたけれど、それでもとても幸せだったのだ。
もう一度、そんな時間を過ごすことが出来るかも知れない。
相手が片岡じゃなく高杉なだけ・・・ただそれだけなのだ。
返事を待つ高杉は所在なさげに窓の外を眺めていた。
話さなければクールにさえ見えるいつもと変わらぬ冷静沈着な様子だったが、目を凝らせば長い睫毛が僅かに震えていることに気付いてしまった。
おれへの想いを5年もひた隠し、今日やっと打ち明けてくれた。
何でもないことのようにあっさりと口にしていたけれど、そんなことはないはずだ。
理由のわからない何かがズシンときた。
高杉なら・・・おれは愛せるかもしれない、そんな期待が言葉になる。
「いいですよ?おれ、高杉さんのこと好きですから」
その言葉にウソはなかった。
おれの返事を、高杉は喜びを隠すことなく満面の笑みで受け取ってくれた。
そして、そんな高杉を、おれは年下の分際でとてもかわいいと思ったのだ。






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