無口な空の下






<3>








好きか嫌いか、すべての事柄をその二つの観点に即して分けるのなら、おれは間違いなく高杉を好きだといえる。
けれど、おれの「好き」と高杉の「好き」が同じかといえば・・・どうなのだろう?
「おれ、オトコなんですけど」
そう、それがいちばんの問題だ。
おれはオトコだ。高杉の恋愛対象にはなりえない。
と思ったのは一瞬だった。
「ああ、おれそっちの人なんだ」
そっちって・・・どっちだ?なんて誤魔化せるようなことではなく・・・・・・
「いわゆるゲイってやつ。あ、真性だからオンナに興味は全くない」
「へ、へぇ〜」
「へぇ〜か・・・もっと驚くと思ったんだけど」
あくまで淡々と話す高杉のペースに飲み込まれたように、最初は驚いたおれも冷静さを取り戻していた。
同性に告白されても嫌悪感なんてこれっぽっちもない。
それは相手が高杉だからなのか、おれも本当はそういう性癖の持ち主なのかはわからないけれど。
「好きっていうのは、もちろん恋愛対象ってことですよね?」
「あたり前だろ?ゲイだと明言したおれが同性のきみを好きだと言っているんだ。これでも迷いに迷っての告白なんだぞ」
心外だといわんばかりのきつい口調だった。
ということは・・・本気?本気と書いてマジ?
「あの・・・いつからおれのことを?」
迷いに迷ってという言葉に、昨日今日の思いではないことを感じ取り、問うてみた。
「きみがおれの店に来た時だから・・・5年以上前・・・だよな?」
「う、うそ・・・マジで?」
「だいたいだな、初めて店に来た高校生に、社内割引の枠を使わせるほどおれは親切じゃない。それとも何か?おれがいつもあんな風な接客をしてるとでも思ってた?そんなことしてたら店長にバレるし、赤字だ、赤字」
おれはすっかり黙り込んでしまった。
「おれはきみに一目ぼれだったよ。そしたらきみはプレゼントにってネクタイを選び始めた。とても真剣な目つきでウィンドーの中を吟味してさ、誰にあげるのかと思ったら26歳の知人とか言うじゃないか。ピンときたよ、好きな人にあげるんだなって。ショックというより嬉しかった。きみがこっちの人なら、おれにもチャンスがあるかも知れないってね」
あの時のことはよく覚えている。
迷っていたおれにセンスのいいネクタイを薦めてくれて、さらに持ち金では足りなかった支払いを社内割引にしてくれたのだ。
品定め中に店員に声をかけられるのは大嫌いなほうなのに、あの時は高杉のソフトな接客とセンスの良さ、初対面なのに信頼できる何かを感じて、全てを任せたのだった。
「なのにさ、数ヵ月後にそのネクタイ持って現れたオトコを見て、あちゃ〜って思ったよ。おれだって惚れてしまいそうなくらいかっこいい人だったからさ。大事そうにネクタイを袋から出して『これにぴったりのスーツが欲しい』って言うんだよ?ちょっと意地悪してさ、『ネクタイも新調されたらいかがですか?』なんつってスーツとネクタイを一式コーディネートしてやったんだけど、見向きもしなかったね。だから次はネクタイが引き立つようなコーディネートをしたら、一式お買い上げくださいましたよ、片岡先生は」
それから数回片岡と買い物に行くうちに意気投合して、友人としての付き合いが始まった。
いい友人としての付き合いが始まってからは、3人で飲みに行ったりもしたし、高杉がゲイであることは知らないまま、いろんな相談を持ちかけたりもした。
そんな長い時間、高杉がおれを好きでいてくれただなんて・・・ちっとも気付かなかった。
彼は、おれに対して特別な感情を一切見せなかったけど・・・
おれってとんでもなく無神経で、愚鈍な人間じゃないか!
「高杉さん、ごめん・・・おれ・・・全然気付かなくて・・・・・・」
目を伏せて頭を下げると、頭上から優しい声が降ってくる。
「気付かなくて当たり前。おれはそういう気持ち、一切出さなかったし。それに、きみも幸せそうだったし・・・おれとしてはかなり羨ましかった」
幸せそう・・・そう感じたという言葉が照れくさい。
あの頃、おれは充実した毎日を送っていた。
恋する自分に溺れていた感もある。
「でも―――」
「きみは何も間違っていないよ。それにさ、おれは片岡先生を見たときに負けを認めちゃったんだよね。ホントはチャンスがあればとことんプッシュするタイプなんだけど」
「そ、そうなんだ?」
意外だった。クールな外見は恋愛に対してもストイックに見受けられる。
「オトコがOKなんていう相手に出会う確率はかなり低いし、チャンスを逃したくないからね。それをしなかったのは、ふたりがあまりにお似合いだったから。戦う前に闘争心を殺がれたよ。友人という立場を選んだのはおれなんだから、きみが気にすることは何もないんだ」
あまりに淡々と話す高杉に、逆に困ってしまう。どうしていいのかわからない。
「でもきみがフリーなら・・・話は別だろ?チャンス到来ってまさにこのことだ」
高杉は、おれの表情をうかがい不敵な笑みを浮かべた。
そう・・・そうだ!過去を追ってばかりはいられない。
おれは、高杉に・・・告白されたんだ。
「好きな人がいないのなら、おれと付き合ってみようよ。あ、オトコがダメ?やっぱオンナがいい?」
「そ、そういうわけじゃなくって・・・オトコとかオンナとかそれ以前の問題で」
「それ・・・以前?」
今度は訝しげな口調とうかがうような視線。
「誰に対しても恋愛感情が湧かないっていうか・・・だから、高杉さんがどうこう言うんじゃないんです」
そういうと、高杉が新しくオーダーしてくれたアイスコーヒーのストローを口に含んだ。
冷たい液体が喉を通り、身体を潤してくれるのを感じ、一息つくと、ゆっくり高杉に目を向けた。
何か考え込んでる風で、視線をテーブルの上に落としている。
タラリと垂れた前髪から垣間見える双眸は長い睫毛で伏せられ、彼を憂いに見せていた。
男同士で好きだの嫌いだのと言い合っているこの会話を誰かに聞かれてやしないかと、今ごろになって周りを見回してみたけれど、隔離されたようにおれたちだけで、ボリューム感のあるシンフォニーがBGMということも幸いして、どうやら大丈夫らしい。
「亮くんは、もしかして、まだ片岡先生のことが好きなのかな?忘れられないのかな?」
「えっ・・・」
視線を上げた高杉の熱い眼差しを一身に浴び、おれは口ごもった。






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