無口な空の下






<2>








「ねえ、高杉さんてさ、休みのたびにこっちに来てるけど。彼女とかいないんですか?」
大きな疑問だった。
顔立ちはかなりいいほうだ。
精悍というよりは麗しいタイプで、身長はおれと同じくらいだけれど線は細い。
大人の男性を表現する形容詞ではないかもしれないが、「綺麗・美しい」という言葉がしっくりくる。
けれど、決して女性的なのではなく、細い割りに肩が張っているからスーツやジャケットが抜群に似合うし、いつも凛然とした雰囲気を纏っているから、ちょっと渋いラインの洋服も難なく着こなしてしまう。
だから一見とっつきにくそうなのだが実は全く反対で、とても人懐っこく煩くない程度に朗らかで明るい。
一介の店員と客だったおれたちがこんな風に仲良くなったのは、ひとえに彼の性格によるところが大きい。
とにかく、かっこいい人なのだ、高杉って人は。
しかし、どういうわけだか彼の口から恋人の話を聞いたことがなかったし、こうしておれを誘い出して何のことはない時間を過ごしては満足気に帰って行くのだ。
「いたら休みのたびにここに来るわけないだろ?」
二杯目のドリンクをセレクトしようとメニューに視線を落としていた高杉は、おれの問いかけにメニューから目を離さないまま憮然と答えると、通りがかったウェイターを呼び止めてオーダーを済ませた。
「きみはどうなの?こっちに来て一年。誰かいい人見つかった?」
「いたら休みのたびにここに来るわけないでしょ?」
同じように言い返すと、顔を見合わせて笑った。
おれだってモテないわけではない。
生んでくれた両親に感謝するほどには見た目にも自信があるし、街を歩いていて視線を感じることもしばしばだ。
問題はただひとつ、恋愛する気になれないってことだ。
昔から愛だの恋だのに興味が薄い人間だった。
それ以上に家のことで精一杯だったってこともある。
片岡とああいう関係になって、5年も一緒に過ごしたこと自体が、今となっては不思議なくらいなのだ。
「寂しいもの同士、慰めあってるってワケ?わびしいね〜」
茶化す高杉におれは「ですね」と相槌を打った。
一人身は寂しいと言うけれど・・・おれには全くそういう感情が湧いてこなかった。
一年前にあの街を出て、さすがに数日はいろんなことを思い出した。
特に片岡の別荘に近いこの街で大きな桜の木を見かけたときは、年に数回は訪れたあの大きな洋館で過ごした日々が頭を過ぎり、連鎖的に楽しかった日々が湧き水のように思い出された。
それでも寂しいと思わなかったのは、おそらく最後の数ヶ月間のほうが、はるかに寂しかったからだと思う。
今思えば、よくあの部屋にひとりで居続けられたものだと、我ながら感心する。
おれって、自分で思っているよりも、図々しい人間なのかもしれないな・・・・・・
カチャリと、テーブルと陶器の触れ合う音に、ハッと現実に引き戻された。
高杉のオーダーしたこの店特製ブレンドの香ばしい香りが漂い、左利きの彼はくるりとカップを半回転させると、細く綺麗な指でカップをつまみ上げ、静かに口に運んだ。
そういえば高杉と初めて会ったとき、細い指が電卓の上を滑るのに見惚れてしまったな、なんて、どうでもいいことを思い出してしまった。
「亮くんは・・・」
一口味わってカップを戻すと、真面目顔でおれに視線を寄越す。
「好きな人とかいないの?」
再会して以来、無意識なのか意識的なのか、こういう話題はいつも避けられていた。
振られてしまったおれへの配慮だったのかも知れない。
「別にいないですよ」
正直に答えたのは、心を射抜くような強い視線と、真摯な口調ゆえんだ。
今まで数え切れないくらいこうやってお茶をしたけれど、こんな高杉は初めてで、何だか落ち着かなくて、アイスティーを一気に飲み干すと、メニューを広げた。
同じ特製ブレンドをオーダーすると、急に黙り込んでしまった高杉の様子をチロリと覗き見る。
ここで会っている時間ぶっ通してしゃべり続けているわけでもないから、こんな沈黙にも慣れているはずなのに、今日はいつもと違って所在ないのは、おれの気のせいなのだろうか。
たいした時間を要さず運ばれてきたブレンドに、ミルクを注ぎ込む。
おれはブラックが苦手なのだ。
いつもなら「邪道だ」と浴びせられる声が、今日は違った。
「じゃあ、おれと付き合わない?」
はっ?
声に出したと思っていたけれど実際は発せらず、おれはポカンと目の前の男を見上げた。
「ほらっ、ミルク入れすぎだ!あ〜あ、真っ白じゃないか・・・カフェオレ以下だぞ、それ」
ハッとピッチャーを元に戻した時にはすでにカラッポで、とうていコーヒーとは思えない、真っ白に近い液体だけが残されていた。
今、この男は何て言った?つ、付き合うって・・・
「だ、誰が?」
「きみが」
「だ、誰と?」
「おれと」
ということは、おれが高杉と付き合う・・・あ〜そうか・・・そうじゃない!
再び見上げると、端正な顔がおれをじっと見つめていた。
コンタクト装備らしい瞳は、いつも少し潤んでいて、それが美形をさらに引き立てているのだが、今日はやけに透き通って見え、今の言葉が冗談ではなく、真剣であることを物語っていた。
あまりに予想外の展開に頭がついていかなくて、とにかく落ち着こうと、到底コーヒーとは思えない白い液体で溢れそうなカップに口をつけると、変にクリーミーな味覚が広がり、慌ててグラスの水を含んだ。
おれとは逆に落ち着き払っている高杉は、おいしそうにブレンドを飲んでいる。
一体何を考えているのだろう。
ひとりで寂しいから、寂しいもの同士で付き合って慰めあおうとかそういう魂胆か?
それなら、おれなんかじゃなく、隣りの店の女の人とかいろいろいるじゃないか!
「どうしておれなんですか?」
率直に聞いてみる。
「好きだから」
何でもないことのようにサラリと言われ、こっちのほうがドキリとした。






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