無口な空の下






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「でも、不思議だよな〜」
「何が?」
「きみとこんなところでお茶してること」
「おれだって、こんなところであなたと会っているのが信じられませんよ、高杉さん」
大正時代に建てられた旅館を改装したらしい落ち着いたモダンな雰囲気の喫茶店で、休みが合えば待ち合わせ、近況報告がてらしばしの時間を共有するのが、最近の休みの過ごし方だ。
母親の再婚相手の住むこの街に越してきて一年。
本州のほぼど真ん中に位置する、聳え立つ山々に囲まれたこの街は、自然と文化が融合し、とても居心地の良い住みやすい場所だった。
教育熱心な県として知られるこの場所で、義父は有志と共にフリースクールを設立し、その意思に賛同したおれはそこで働いている。
何らかの理由で学校に行けないこどもたち。
それは小学生から高校生まで様々で、本来学校という枠の中で過ごす時間をスクールにやってきて過ごす。
義父の診療所と併設されたスクールはまだまだ小規模で、通っているこどもの人数もごくわずかだが、将来的には寮も完備して、親から離れて生活することで自立を目指す、そういうビジョンを義父は持っているらしい。
学校での集団授業とは違い、スクールではそれぞれが自主的に行動することになっているから、おれの仕事は勉強を見てやったり話相手になってやることなのだが、だからこそとても難しい。
最初の数ヶ月、とまどいばかりでこどもたちにどう接していいのかわからず、それが伝わるのだろう、こどもたちも心を開いてはくれず苦労したのだが、「きみがいつも弟さんたちに接していたように、こどもたちにも接すればいいんだよ」という養父のアドバイスのおかげで、今ではかなりいい関係を築けていると思う。
「で、コウタくんは、少しくらい話してくれるようになった?」
「そうそう、それがさぁ―――」
人の仕事の話を楽しそうに聞いてくれる目の前の男に最初に呼び出されたのは、長年住んでいた街とは比べものにならないくらい涼しい、この土地で迎える最初の夏だった。
知り合ってから4年間、迷惑かけっぱなしだったことと突然引っ越すことになり挨拶も出来なかった非礼を詫びたハガキを送ったのが、ゴールデンウィークを過ぎたころだった。
それから何の音沙汰もなく、さすがに見捨てられたかと諦めていた矢先、突然訪ねてきたのだ。
しかも、旅行でもなく、こっちの店舗に転勤になったというではないか。
彼の勤め先はこのあたりで一番大きな駅の駅前の商業ビル内で、おれの住む街までは、新幹線を使うと一時間もかからない。
経験のないおれは職場ではもちろんいちばん下っ端で、なかなか気安く話せる友人がいなかったから、高杉の訪問は大歓迎で、それ以来休みが合えば彼こうやってお茶をして、同じ時を過ごしている。
どうして突然あの街を出たのか、片岡とはどうなったのか、高杉は聞かなかったしおれも言わなかった。
しかし、昨年の暮れ、忘年会と称してふたりで飲みまくり、おれは不覚にも酔った勢いで全てをぶちまけてしまった。
話してしまったことを覚えていなければよかったのに、べろんべろんに酔いながらもそれだけはしっかり覚えていて、翌朝おれの家の客間から出てきた高杉と顔を合わせたときは恥ずかしくてたまらなかったが、高杉は何も言わなかった。
そういうところがおれが高杉を気に入って慕っている所以でもある。
それに、きっと心のどこかでは、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
おかげで少しすっきりしたのが本音だ。
男同士ぶらぶらしても仕方ないから、だいたいの時間をこの喫茶店で過ごす。
クラシカルな内装のこの店は、長居をしても文句を言われず、おまけにメニューが豊富だ。
店内に流れる音楽は、落ち着いたクラシックで、会話を妨げない程度にボリューム調節されていて、居心地がいい。
「で、高杉さんのほうがどうなんですか?」
一通り話し終えた後、今度は聞く側に回る。
いつも注文するベーコンサンドに手を伸ばしながら、変わった客の話や、入荷してきた新作アイテムの話を聞くのは、おれの楽しみでもあった。
高杉はおれより2つ年上だ。
高校を卒業して専門学校でファッションについて学んだ後就職したらしく、おれと出会った頃は、まだアルバイトの身だったらしい。
デザイン科ではなくスタイリスト科だったという彼には、大学時代よくショッピングに付き合ってもらったおかげで、おれは大学の仲間内ではお洒落上手で通っていた。
ファッションに興味はあったけれどそれにお金をかけるのは勿体無いと最初に言ったことを覚えてくれていたのか、チョイスされるのは着まわしの利くシンプルなデザインの、値段的にも納得のいくものばかりだった。
長男として育ったおれには、兄貴がいたらこんな感じなのかも知れないと少し年上の高杉との付き合いが新鮮で、会う度にお互いの共通点を発見し、あっという間に友人となった。
勘がいいのか片岡との関係にもすぐに気付かれ、それからは片岡を交えて食事をしたりとますます親交は深まった。
知られてはいけない関係を、高杉の前では隠さなくてよかったから、とても楽だった。
そんな高杉が、まさかこんな山の中に引っ越してくるなんて・・・本当に信じられない。
おまけに休みの度に、おれに会いにやってくるのだ。






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