beloved




第四話




今年最後のバイトを終え夜遅くに帰った実家は、玄関にはしめ縄が飾られ、すっかり年越しのための準備を整えていた。
一週間に一回は弟たちの顔を見に寄っていたのだが、卒論の提出と旅行の準備、そして片岡の件もあり、すっかり足が遠のいていて、思えば顔を出すのは数週間ぶりだ。
すっかり成長した弟たちは、友人との付き合いを覚え、毎年恒例だった成瀬家クリスマスパーティーもここ数年はなりをひそめていたし、今年はおれもひとりのクリスマスなんて情けなくて、臨時のウェイターとして朝までバイト詰めだった。
弟たちの成長は嬉しくもあり悲しくもある。
兄というより父親の心境に近い。
数年の間に家族の事情も変化した。
母親は今年の四月から再び研修のため、海外に赴任した。
康介は、おれと同じ大学の1年。高校を出たら働くと言い出した康介を説得したのは、家族の誰でもなく片岡だった。
昔から遠慮がちで、自分の気持ちを隠してしまう康介。
おそらく進学しないと言い出したのも、家計のことを考えてのことに違いないとおれも進学を勧めたが、勉強したいことがないと頑なに拒否したのを、どうやってか片岡は見事に説き伏せた。
奨学生として優秀な成績をおさめていたし、担任として親身になって相談に乗ってくれたようだった。
結局のところやはり家の事情を気にしていただけのようで、特別支援教育について学びたいと、難なく入試をクリアした。
そして、おれが家を出てしまっていることと、母親の海外赴任のおかげで、大学生になるとひとり立ちをするという成瀬家の家訓は見事に反故され、バイトをしながら弟たちと一緒に暮らしている。
どうやら母親の研修手当てなるものが増額され、根を詰めてバイトをしなくてもどうにかやっていけるらしい。
おれも片岡に家賃を入れなくていい分を家に入れているから、さほど困ることもなようだった。
純平は、おれや康介のように明倫館へは進まず、地元の公立高校へ進み、今は部活のラグビーに夢中だ。
それでも、この街では進学校として有名だし、成績も上位らしいからたいしたものだと思う。
あんなに家の手伝いを嫌っていたのに、部活と学業の両立で忙しいにもかかわらず、忙しい母親や康介の手伝いを進んでするようになった。
どうやら男としての責任感に目覚め始めたらしい。
陸も中学1年となり、最近では生意気な口を利くようになったが、生まれ持った末っ子気質は直るのものではなく、相変わらず甘え上手な面を見せている。
学校でいじめられやしないかと心配していたが、それもどこ吹く風で、クラスメートにもかわいがられているようだった。
天真爛漫なあっけらかんとした口調で、恥ずかしげもなく性への感心を見せるからこちらがうろたえることもあるが、父親代わりとしてはできるだけ質問には答えてやるようにしている。
そういえば、康介や純平はどうやって知ったのだろう。
成長してゆく弟たちを見ながらふとそんなことを考えたりしていると、知らずに笑みが浮かんだりして陸たちに突っ込まれたりした。
久しぶりに顔を合わす母親と、賑やかな弟たちに囲まれて、おれは何とか気持ちを持ち直して年を越すことが出来た。
もちろん片岡の話題を避けることはできなかったが、しばらくは実家で過ごすらしいと言うおれの一言に納得したのか、それからは何も聞いてこなくなった。
おれの作ったお雑煮を食べ、康介が準備したらしいおせちをつつきながら、毎年のごとく同じような内容の番組ばかりのテレビを見てはくだらないことを言い合ったり、陸の宿題を見てやったり、正月恒例のラグビー中継を見ながら純平の解説を延々と聞かされたり、和やかな時間に包まれていると、やっぱり家族っていいなと漠然と感じた。
ここに帰ってこようか。
ここがおれのいるべき場所なのかもしれないと、数日の間に何度も考えた。
しかし、ここを出て4年半。
今では康介の部屋と化した二階の和室には、おれが暮らしていた時の名残りはなく、康介のベッドの横に敷かれた客用の布団に身体を滑り込ませれば、間借りしているような気分になり落ち着かなくさせ、家族と過ごすことに抵抗はないが、やはりここはおれの居場所ではないと、自覚せざるを得なかった。
小さい頃から物静かで、何一つわがままらしいことを言わなかった康介は、大学生となった今ではさらに寡黙さを増し、口数の少なさを理解してはいるもののその落ち着いた空気の中に緊張感を感じていたおれは、三が日を過ごすとマンションへと戻った。
最後の難関である卒論の口頭試問の準備をしながら、社会人になったら入用も増えるだろうとバイトに精を出す。
主のいないマンションに、おれはいてもいいのだろうかと自問自答しながらも、行く場所もなく惰性でここに居続ける。
帰ってくるわけはないと諦めつつも、玄関のドアを開けると真っ暗な部屋に落胆する。
そんな毎日を繰り返していたある日の夜、玄関のチャイムが鳴った。
「おう、今いいか?」
そう言ってコンビニの白いビニール袋を差し出したのは、数ヶ月ぶりに顔を合わせる二ノ宮だった。


                                                                      









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