大切なものは・・・



<6>




「ごめん・・・不安にさせて・・・ごめん・・・・・・」
包み込んだ手の親指で目尻の涙を優しく拭いながら、片岡は何度も謝った。
「おまえばっかじゃねえよ・・・おれだっていつもドキドキしてる・・・キスするタイミングを、抱きしめるタイミングをいつだって計ってる・・・おれの意識おまえに全部いってる。もちろん性欲のためじゃない。おまえが愛しくてたまらないから・・・」
「でも、そんな風には見えない・・・いつも余裕綽々で・・・」
「それはおまえの思い違いだ。だから・・・もう悲しいことは言わないでくれ・・・・・・」
「けど、いい家柄ってのはほんとのことだろ?見合いだって・・・」
「見合い?」
「二ノ宮が・・・」
あのバカが、片岡がそう言ったのが微かに聞こえた。
「なあ、実家が近いのに、学生の頃から一人暮らしの理由教えてやろうか?」
初めて片岡が自分の生い立ちについて話してくれるという。
おれは、静かに頷いた。
「おれにはさ、双子の兄貴がいるんだ」
「双子・・・?」
「そう、同じ遺伝子を持つ人間がね。けど、頭のデキが全然違うんだこれが」
ははっと笑う片岡は、どこか悲しそうだった。
「おれたちは何をするのも一緒だったけど、おれは兄貴に何一つ敵わなかった。いつしかおれは片岡さん家の双子の出来ないほうって呼ばれるようになった。親だって、出来のいいほうがかわいいだろ?おまけに、うちは会社を経営してたから、兄貴は跡継ぎとしての帝王学を身につけ、大学は最高学府へと進んだんだ。逆におれは、金持ちボンボンならエスカレーターで進学できる明倫館大学。まあ、それなりに偏差値も高いから恥ずかしくはないけれど、それでも兄貴に比べりゃあね。親父にはもう何回言われたかしれない。同じ遺伝子を持つ人間とは思えないってね」
「ひ、酷い!自分のコドモじゃんか!なのに・・・」
「いいんだ。おれは親に何の期待もしちゃいないから。そんなもの、とっくの昔に捨てたんだ。だから大学進学を機会に家をでた。出る時におれは、親父に宣言した。もう家には戻らないから。遺産も何もいらないかわりに、マンションをくれってね」
「それが今の・・・」
「そう。あそこには、唯一おれをかわいがってくれた叔父が住んでたんだ。おれが高校の時に死んじゃったんだけどな」
あまりの驚きに、気のきいた言葉も見つけられないでいた。
「だから、見合いなんてとんでもない。おれは実家に帰ったこともないし、金輪際帰ろうとも思ってない。だから、成瀬が心配するようなことはないんだ。わかったか?」
片岡は、おれを抱き寄せた。
今度はおれもされるがまま、片岡の腕の中に落ちた。
「成瀬・・・もう少しおれを信用してくれよ。おれ・・・ほんとおまえのこと好きだから・・・」
どうしておれはこのぬくもりを信じれなかったんだろう。
自分の好きのほうが大きいとか、自分の都合のいいようにばかり解釈して・・・
やっぱまだまだコドモってことなのか?認めたくないけれど・・・・・・
早くに父親を亡くし、いろんな経験してきたと思っていたけど、何のことはない、恋愛に関してはずぶの素人なんだ。
人を真剣に好きになったのは、片岡が初めてなんだ。
おれの初めては全部片岡なんだ。

                                                                       





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