大切なものは・・・



<5>




その日、バイトを終えると、片岡が待っていた。
おれは、無視して駅へと足を向けた。
「成瀬っ、待てって!」
「んだよっ!あんたに用なんかねえよ!」
掴まれた腕を振り払おうとするが、グッと掴まれ解けない。
「いいから、乗れって!」
おれは無理やり、車の助手席に押し込まれた。
すぐに車は発進し、近くのファミレスの駐車場に入った。
その間、ずっと無言だった。
車を停めて、サイドブレーキを引いた片岡は、大きく息を吐いた。
「成瀬、いい加減機嫌直してくれよ・・・おれが悪かったからさ・・・」
「あんた・・・自分が悪かったって思ってるの?」
「おれがおまえを無視してゲームしてたから怒ってんだろ?違うのか・・・?」
おれはおかしかった。そんなことで二週間もおれが口を利かないと思ってるんだろうか。
「そう思ってるならそれでいいよ。別に。じゃあ、おれ、弟たち待ってるから帰るし」
ドアを開けようとして、身体を抱き寄せられた。
「やめろってば!」
おれも懇親の力で抗ったが、びっくりするほど片岡の力が強かった。
「あんたは、おれなんかと付き合わないほうがいいよ!」
自然と言葉が飛び出した。そして、片岡が力を緩めた。
「どういう・・・意味だ・・・?」
おれも抵抗をやめた。
ファミレスの照明が照らし出した片岡の表情は、とても悲しく切なそうだった。
「どういう意味って、そのまんまの意味。あんたには、もっといい人がいるよ。もちろんオンナのね」
「―――突然どういうことだ?」
どうしよう・・・言ってしまったものの、理由までも話してしまっていいのか、正直に。
それとも、ほかに好きな人ができたとか何とか言って、ごまかしたほうがいいのだろうか?
「どういうことだって聞いてるんだ、成瀬!」
おれの身体を自分の正面に向かせる。
顔を上げると、真っ直ぐおれを見る片岡の瞳とぶつかった。
目をそらすことができなかった。
あまりに真剣で、おれは・・・ウソをつくこともできなかった。
片岡のことだ。
おれがどんなウソをついたって、見破るに決まっている。
なら、正直に話そう。
おれは覚悟を決めた。
「あんたん家、結構な金持ちで、旧家なんだろ?」
一瞬目を見開いた片岡の表情が、そうだと語っていた。
「次男らしいけど・・・やっぱそういう家の人は、それに似合った人と恋愛したほうがいい気がする・・・・・・」
黙ったままおれの話を聞いている。
「それとも、おれとは遊び?しょせんオトコ同士じゃ結婚できないから、それまでのお楽しみって感じ?」
突然、頬に痛みが走った。
「成瀬は・・・おれの気持ちをそんな風に思ってたのか・・・?」
片岡の震える右手を見て悟った。
おれ・・・殴られたんだ・・・・・・
けど、頬の痛みより胸の痛みのほうが大きい。
もう何も言いたくないのに・・・何も考えたくないのに・・・たまっていたものが堰を切って溢れ出した。
「おれ、ヤなんだよ!おればっか好きで、おればっかドキドキして、おればっか苦しくて、おればっか・・・・・・」
言葉と共に、溢れる涙が頬を伝った。
「おればっかどんどん好きになって、後戻りできなくて、あんたの存在がどんどん大きくなって、いつの間にか、家族よりおれの心を占領し始めて、ここままじゃ、おれ・・・あんたのことしか考えられなくなるっ―――」
「成瀬・・・」
「けど、あんたはいいとこの家の生まれで、いつか結婚するんだったら・・・それが近い将来なら・・・今ならまだあきらめられるっ!この数ヶ月をなかったことにできる!だから・・・」
ふわっと頬にぬくもりを感じた。
片岡の両手がおれを包み込んでいる。
おれの大好きな温かい大きい掌が・・・

                                                                       





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