大切なものは・・・



<2>




「なあ、山下っていつまで入院すんの?」
二学期に入って、バイトの上がり時間を一時間早めてもらった。
おれも受験生。
この秋からは今まで以上に真剣に受験勉強にとりかからないといけない。
なにしろ、おれの家庭事情からして、国立一本に絞っているし、浪人なんて滅相もない。
なんて言いながらもそれは表向きの理由で、その時間をここ片岡のマンションで過ごしてるんだけど。
いつもの通り、おれはリビングのテーブルに問題集を広げ、片岡はパソコンを操っている。
何をするわけでもないけれど、こんな平凡な時間さえ、とても温かくくすぐったい。
おれの質問に答えず、ディスプレイを見つめ、キーボードの手を動かしている片岡にちょっとムカついて、おれはノートで画面を隠してやった。
「なあって!」
それと同時に「あっ!」と声を上げた片岡はおれを睨んだ。
「せっかくもう少しでクリアできたのに!」
はぁ?クリア?
ふさいだノートをのけてディスプレイに目をやると、そこにはネットゲームの画面。
「―――あんた・・・授業の準備してたんじゃねえの?」
そうだよ!さっき数学の問題について質問したら、手が離せないから後でって、邪険に扱っておいて!
さらにおれの会話も無視しておいて、人が勉強している真横で、ゲ、ゲームに夢中になるとは・・・!
おれがここに来て勉強するのは、おれの勝手だ。
だから、隣りで片岡が何してようが、おれには関係ないんだけれど・・・
けれど、なぜか腹が立つ。
無性に腹が立った。
おれは、テーブルに広げていた問題集やら何やらをカバンに突っ込み、すくっと立ち上がった。
「帰るっ!」
ドスドスと床を鳴らして玄関へと向かった。
「おいっ!」
片岡も立ち上がり、おれの後を追ってきた。
今謝れば許してやろう。
そう思っていたのに、片岡の口から出た言葉は・・・・・・
「チュウもしてないのに帰るのか?」
どっか〜んと頭の中の火山が噴火した。
頭の中にそんなものあるかわかんないけど、どか〜んと来た。
「だれがあんたなんかとチュウするもんかよ!」
いらいらしてなかなかくつが履けないおれの背中にさらに言葉を浴びせる。
「だれがっておまえしかいねえじゃん。それともチュウだけじゃ満足できない―――」
「あんたなんかもう知らねえ!じゃあな!」
乱暴にドアを閉めると、おれはエレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け下りた。








マンションのエントランスから、片岡の部屋を見上げる。
追ってもこない片岡。
当たり前だろう。
片岡にはわけわからないだろうから。
そういうおれも、どうしてあんな些細なことで、あんなに怒ってしまったんだろう?
おれは、駅に向かってとぼとぼと歩き始めた。
時計を見ると、8時過ぎ。
いつもなら、車の中でたわいのない話をして、別れ際にキスをして・・・そんな時間。
なのに今日は、ひとり駅まで歩いているおれ。
明日から・・・どうしようかな・・・・・・?
あんなタンカをきった手前、顔を合わせるのも心苦しい。
しかも明日からは、授業以外にも接する時間があるのだ。
楽しみだと思っていたのはつかの間のことだった。
おれは、何もなかったように振舞えるほど素直じゃない。
きっと話をすれば、罵詈雑言が口から溢れそうだ。
片岡は何も悪くないのに・・・自分の時間を自由に使っていただけ。
その時間を侵しているのはおれのほうなのに・・・
今さら冷静になっても遅かった。
後悔が、足取りを重くさせた。

                                                                       





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