蒼い夜






<2>








おれと成瀬が通う明倫館高校は、同じ敷地内に中学校を併せ持っているため、かなりの敷地だ。
立派な正門の横には警備員棟があり、宿直の警備員がテレビを見てくつろいでいた。
明倫館高校はいわゆるお坊ちゃま学校で、とりあえず部活動はあるもののたいして熱心でもないから、7時には完全下校となり、それ以降の生徒の立ち入りは禁じられていた。
教師の勤務時間は5時までと規定されており、学校全体の雰囲気からしてもバリバリ働く教師はほとんどおらず、たいした行事もないこの時期は生徒と同じくほぼ7時には全員が帰宅の途につく。
だからこの9時という時間の学校は、真っ暗でシンと静まり返っていた。
おれは当直の警備員に声をかけ、忘れ物を取りに行く旨を告げ鍵を受け取ると、成瀬を伴って校舎へと向かった。
「おれも入っていいの?」
「あの警備員、おれひとりだと思ってんだろ。おまえに気付きもしなかったし」
「なんだそれ。警備員失格じゃん」
たわいもない会話を交わしながら辿りついた職員玄関のドアを開けた。
非常灯の明かりだけを頼りに薄暗い廊下を3年の校舎へと進んでゆく。
物音ひとつ聞こえない静けさの中、おれたちの足音だけが響き、それが妙な不気味さを与えるのは、学校特有のものなのだろうか。
そういえば昔から夜の学校は、怪談話のネタの宝庫だ。
音楽室から聞こえるピアノ、独りでに動き出す理科室の人体模型、トイレの花子さんなどなど。
おれは現実主義なんでそんな話これっぽっちも信じちゃいない、可愛げのないコドモだったが。
そんなことを考えていて、ふと着ているシャツに違和感を感じ振り向けば、肩をすぼめてキョロキョロと周囲に視線を泳がせている成瀬の姿が目に入った。
おれの背中に隠れるように、少し後ろを歩く成瀬の伸ばされた手の先に掴んでいるのはおれのシャツで。
しかも遠慮がちに。
もしかして・・・・・・





「成瀬・・・?」
「わ〜〜〜っ!き、急にしゃべんなよ!びっくりするだろ!!!」
「それにしても尋常じゃない驚き方だと思うが・・・・・・」
「そ、そうか?ふ、普通だろ?」
スラスラと言葉が出てこない時点で、すでにヤバイと思うのだが。
シャツを掴む腕におれの視線が向けられているのに気がつくと、即座にその手を離してしまう。
「さ、さっさと行こうぜ!」
廊下に響きわたるような大きな声で気合いを入れて、おれを追い越してスタスタと突き進んでいく成瀬の背中は強がっているようにしか見えない。
「は、早くしないと置いてくぞ!」
心なしか声が震えているように聞こえるのは気のせいではないのだろう。
おれは前方で振り返っている成瀬に駈け寄ると、その手をギュッと握った。
成瀬に聞こえないようにクスリと笑ったつもりだったが、どうやら聞こえてしまったようだ。
「なっなんだよ!何がおかしいんだよ!それに・・・この手はなんなんだよ!」
口では偉そうなことを言ってるわりに、おれの手を離そうとはせず、逆にギュッと握っている。
どんなに憎まれ口を叩かれても、悪態をつかれても、カワイイと思えるおれはもう重症だ。
こいつが強がれば強がるほど、優しくしてやりたいし甘やかしてやりたい衝動にかられるのだから。
「夜の学校は不気味だからな。こうしてると安心するんだ。ほら、行くぞ」




                                                                       





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