蒼い夜






<7>








翌日の朝、ダイニングで起きてきた順に朝食を摂っていると、二ノ宮がおれの隣りに腰を下ろした。
「昨日はバレなくてよかったな」
二ノ宮は意味深な笑みを浮かべながらパンにジャムを塗りたくっている。
「あれで助けてくれたのか?」
「当たり前だろ?いつかはバレるにしたってまだ早いだろうが」
こいつのいうことはいちいち尤もだ。
「でもあの話題のおかげで、みんな峻と打ち解けたんじゃねえの?」
二ノ宮の視線を追うと、すでに朝食を済ませた片岡と純平、陸、康介がリビングでテレビを見ながら騒いでいた。
「なんか、あいつってああいう和んだ雰囲気似合わねえよな?」
「峻だってほんとはガキが好きじゃないんだから。おれはあいつが教師になるって知った時驚いたもんな」
それはわかる気がした。生徒の世話をするのだって仕事だからであって、それ以上深入りすりことはないから。
「それでも、おまえの弟さんたちとは仲良くなりたいんだろ?それほどおまえに本気だってことだよ」
「二ノ宮・・・」
おれはこいつは親友でよかったと本当に思う。いつもおれの心がフラフラした時に、自信をくれるから。
「弟さんたちの面倒はおれが見てやるからさ、おまえはせいぜい峻と軽井沢別荘ライフを楽しめよ。もちろんおれだって楽しむつもりだから。おまえの弟たちのこと気に入ってんだ、おれ」
そう言うと、香り高いコーヒーを飲み干して、腰を上げ、リビングへと向かった。






*****     *****     *****






午前中はみんなが思い思いに自由に過ごした。
おれは、平蔵さんが花壇の手入れをするというのを手伝うことにした。
スコップで土を慣らしながら、その感触を楽しむ。
家には庭なんて気の利いたものはないし、土にふれるのは久しぶりだった。

「亮くんは、峻哉さんとはお友達?」
肥料を土に混ぜながら平蔵さんがおれに尋ねてきた。
「まあ、知り合いというか・・・4月から縁あって同居させてもらうんです」
すると、平蔵さんはびっくりした表情の後で、すごくうれしそうに笑った。
「そうか・・・よかった。亮くん、峻哉さんをよろしく頼むね」
それは、父親が息子のことを心配しているような口調だった。そういえば、西山さん夫婦はずっとここに住んで管理をまかされているんだったっけ。
「亮くんは・・・峻哉さんの・・・その・・・」
「少しは聞いてます。ここは叔父さんの別荘だってことや、その叔父さんに可愛がってもらったこととか・・・」
おれが正直に話すと、平蔵さんもそれなら話が早いと、いろいろ教えてくれた。
「峻哉さんは、学校が長期の休みに入ると決まってここに来ていたよ。何をするでもなく、アトリエで先生と一日過ごしてたこともあったし。それでも楽しそうだったよ。何回かご家族と一緒のところに遭遇したことがとがあるけど、そのときは本当につらそうな顔をしていたからね」
「あまり仲がよくなかったんですよね?」
「あちらの家は代々代議士の家系だから。それに反発して先生も絵の道へと進まれたと聞いているし、峻哉さんには、双子のお兄さんがいて、ご両親はそちらばかりに気を取られて・・・」
代議士・・・それは初耳だった。
平蔵さんは、プランターから花壇に花を移し変えながらも話し続ける。
「だから無口で自分の感情を表すのが苦手な子だっだよ、峻哉さんは。わしらに対してもそうだった。防衛線を張ってるかのように懐くこともなかったし。笑顔を見せるのは先生の前だけだったな。先生が亡くなられて、ここの名義が峻哉さんに書き換えられていて、わしらはお暇をいただこうかと思っていたんだけど、ずっとここの管理をとお願いされてね。正直驚いたよ」
おれは土をいじりながら黙って耳を傾けていた。
「それからも年に数回は来られるけど、いつもアトリエにこもりっきりで、食事の時にしか顔を合わさなかったんだ。それが、突然知り合いを連れて行くからよろしく、だもんね」
平蔵さんは愉快そうにハハハと笑った。
「誰も・・・来たことないんですか?」
「ないない。だから峻哉さんのこと心配だったんだ。どんな暮らしをしてるんだろう、友達はいるのだろうか、心のおける知り合いはいるのだろうかって。本当に安心した。きみたちが来てくれて。あんな楽しそうな峻哉さんを見たのも初めてだから。いつでも来てくださいな、お待ちしてますから」
よいしょと腰を上げた平蔵さんと後片付けをしながら、暴かれていく片岡の過去を思った。





代議士の父親。
自分よりデキのいい双子の兄。
与えられない親の愛情。
冷たい家庭。

たった一つの拠りどころである叔父の存在。
一年の内のほんの数ヶ月の幸せな日々。

頑なな心に、感情表現の苦手な自分の存在。
そして叔父の死。
親子の断絶。





おれは片岡の上っ面しか理解していなかったんだと、胸が痛んだ。
リッチな生活をして、モテまくって、さぞかし幸せなんだろうとずっと思っていた。
明るくて、優しくて、おれを包み込んでくれる、そんな片岡しかおれは知らなかった。
おれももっと大人になって、片岡を包み込んであげたい、そう思った。










                                                                       





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