蒼い夜






<6>








「先生ってお金持ちなんだね〜」
「おれの担任なんてさぁ、いっつも汚ったねえ格好してるぜ?クラブの顧問なんて金がねえ金がねえってうるせえもん」
陸と純平は見たこともない料理を目の前にハイテンションきわまりない。
「おれが金持ちなわけじゃないよ。全部叔父さんのだからね」
「ねえねえ、今度康兄ちゃんが明倫館に行くんだよ?」
陸は人の話を全く聞いていないようで、ポンポンと話題が飛んでいる。それでも片岡は嫌な顔ひとつせず、陸の質問に答えていた。
「知ってるよ?成瀬・・・亮くんも康介くんもとっても優秀なんだよね」
「うんっ!ぼくのね、自慢の兄ちゃんなんだ!」
「陸、おれはどうなんだよおれはっ!」
「純兄ちゃんも大好きだよ?」
「自慢じゃねえのか?おいっ、こらっ」
「おいおいおい、ケンカするなって」
二ノ宮が仲裁に入ろうとするのを、おれは止めた。
「二ノ宮、いつものことだからほっとけ。康介、どうした?具合悪い?」
いつにも増しておとなしい康介に声をかけると、「ううん」と笑顔で首を振った。
「康介、片岡先生が担任になるといいな。先生優しいし・・・おれも頑張って明倫館受けようかな〜」
純平が、料理を皿に取りながら独り言のように呟く。
「そうだなぁ、今年は一年の担任を持つことになりそうだから、その可能性もあるな。もしそうなったらよろしくな、康介くん」
片岡が向かいに座る康介に笑顔を向けると、康介はカチャカチャとひたすらナイフを動かして頷いた。
「先生ってさぁ、彼女とかいるの?」
純平が興味津々目を爛々と輝かせて無遠慮に片岡に問いかけるから、おれは飲んでいた水を吹きだしそうになった。
あまりにベタな反応だったけど、だれも気づいてはいないようだ。

「先生すっげえかっこいいじゃん?モテルだろ?おれも結構モテるんだけどね」
純平は何がいいたいんだ?自分の自慢がしたいのか?
「圭は?彼女いる?」
陸が今度は二ノ宮に話をふる。
だ〜か〜ら〜、なぜに恋愛話、略して恋バナになるんだ?
「おれはいないよ?フリーフリー」
二ノ宮もコドモ相手に真剣に答えてるんじゃねえよ!
「ねえ、先生は?恋愛経験豊富?何人くらいと付き合った?なんでそんなにかっこいいの?」
純平が刑事の取調べのように矢継ぎ早に質問を浴びせていた。
「付き合ってる人はいるよ?」
な、何〜?そんな質問に答える必要ないんだよ!
黙ってメシ食えよメシをよ!

おれは無関心を装い、ひたすら料理を口に運んでいたけれど、味なんてわかりゃしない。
「マジで〜?どんな人?やっぱキレイな人?それともかわいい人?」
もともと純平はこういう話が大好きなんだ。
ただ、おれも康介もあまりそういう話をしないから、家では話題になることもないんだけれど。

「どっちかつうとかわいい・・・かな?」
ちろりとおれを見た片岡は、口元を緩めた。
「やっぱかわいい系がいいよな〜で、どんな風に?」
純平はもう止まらなくなっているし、二ノ宮は肩を震わせてクスクス笑っているし、こういう話が苦手な康介は照れたように下を向いたままだ。
「素直じゃないし、偉そうな口ばっかり利くんだけど、そこがかわいくてね。いつもは気が強いくせに、たまに甘えられるともうメロメロって感じかな?」
歯の浮くような台詞を聞かされ、おれは顔が火照っているのを感じた。
「うへ〜先生、すげえ惚気じゃん。たまんねえな。でもそういう包容力ってオトコには大切だよな」
おれの気も知らないでわかったような口を利く純平を、ギロリと睨んでやったけれど気づくわけもなく・・・・・・
「亮兄ちゃんにも付き合ってる人いるんだよ?ねっ、亮兄ちゃん!」
追い打ちをかけるような陸の言葉。
おれはこの場から逃げ出したいくらいだった。

おれにふるなっ!おれに!
二ノ宮に助けを求めるかのように視線を送ったが、全く無視している。
「り、陸?おれにはそんな人―――」
「いや、絶対にいる!」
一際大きな声で純平が力説し始めた。
「亮にい、クリスマスもいなかったろ?バレンタインだっていなかったし、卒業式だって外泊したし」
「圭が来てくれたからよかったけどね」
「それに、すっげえ楽しそうだと思えば悩んでたりするし、たまにひとりでにやけてるし、極めつけは何か色っぽくなった!」
「い、い、いろっ・・・・・・」
言葉にならないおれを尻目に純平は話を続けた。
「オトコの色気っつうものが滲み出てるんだよな〜亮にいカッコイイのに今までオンナっ気がなかったのがおかしいんだけど。なあなあ、亮にいの好きな人ってどんな人?」
「ど、どんな人って・・・」
みんなの視線がおれに集まっている。
ずっと下を向いていた康介までもがおれをじっと見ていた。

「おれ、知ってるよ?」
二ノ宮の助け舟にホッとしたのもつかの間、今後は二ノ宮が話しはじめた。
「成瀬ってばいっつもおれに惚気てるからさ〜聞かされるおれはたまんないぜいつも」
おれがいつおまえに惚気たっつんだ!
「圭さん、会ったことある?どんな人?」
「成瀬によるとだなぁ、大人で優しく包み込んでくれるって感じらしいよ?なっ成瀬」
「つうことは年上かぁ、やるじゃん亮にい!」
片岡を見やると、黙って料理を口にしている。
「もうぞっこんらしいからな、成瀬は。見てるとこっちが照れるくらいだよ、いつも」
一人身には刺激ありすぎ〜なんて言いながら笑う二ノ宮につられて、純平もあまりよくわかっていないらしい陸も笑っている。
当の本人のおれと片岡、そして黙ったままの康介だけが、その場の和やかな雰囲気からはみ出していた。
しばらくすると、多恵子さんがデザートを運んできたから、純平も陸もそっちに夢中になり、自然と初日の食事は終了した。
ここにいる間、こんな感じなのかと思うと、おれは憂鬱感でいっぱいになった。










                                                                       





back next novels top top