蒼い夜






<3>








にぎやかな駅前を通り抜けると、街の喧騒さも消え、静かな森の中に入って行った。
広い道から脇道へと入ると、木立から零れる春陽の中をどんどん奥へと進んでいく。
しばらく走ると、洒落た洋館が見えてきた。車をその脇の駐車スペースに止めると、片岡はシートベルトを外し車外へと出た。促されるように、おれと康平も外にでる。
目の前の洋館は、一目で年代を感じさせるが、とても落ち着いた外観の素敵な建物だった。
色褪せた赤煉瓦の壁に小さな窓がたくさんついている。傾斜のある屋根には大きな天窓と煙突。ところどころに蔦がつたっていてそれが一層古めかしさを演出していたが、不気味さは感じられない。
丸く突出した部分はテラスなのか、桟で細かく区切られた大きなガラス窓が陽の光に反射して眩しかった。
「広いな〜すげえ〜」
二ノ宮の車で後から着いた純平と陸がはしゃいでいる。
「脇道からずっとここの土地だから、門なんてないんだ。裏も全部敷地内だし、すっげえ広いぞ?」
二ノ宮の言葉にさらに純平が感嘆の声を上げた。
おれが片岡を見ると「セキュリティは万全だから大丈夫」と笑顔を見せた。
おれたちの騒々しさに気づいてか、玄関から年配の夫婦らしき人が笑顔で現れた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりです、峻哉さん」
「大人数で悪いな。あ、こちらは管理をしてもらってる西山さん夫妻。平蔵さんと多恵子さん」
片岡の紹介に、おれたちは頭を下げた。
「どうぞごゆっくりしてくださいね。何か用事があるときは遠慮なくおっしゃってくださいな」
「こちらこそよろしくお願いします」
おれが代表で挨拶をし、軽く名前だけの自己紹介を行った。
「平蔵さんのメシは最高にうまいんだぜ?おれはそれが楽しみで来たんだから」
二ノ宮の言葉に、純平が反応して「楽しみ〜」と笑ったから、その場で笑いが起きた。
「とにかく中に入ろう」
とりあえずリビングに通された。先ほど外から見たガラス張りの一角はリビングだったようで、外からの光が差し込み、乳白色の光溢れんばかりに明るかった。リビングだけでもどう見繕っても20畳はありそうだ。
「わ〜暖炉かある〜」
陸が興味深げに暖炉を覗きこんでいる。
大きなガラステーブルにふかふかのソファ。床には足が埋まってしまいそうな絨毯が敷かれている。
「みなさんお疲れでしょ?どうぞ」
振るまわれたフレッシュジュースとケーキに弟たちは夢中で口をつけていた。
「とにかく敷地は広いから、この中だけでも退屈しないと思うよ?だからそれぞれ好きなことして過ごしてくれたらいいから」
「そうそう、ここにあるものは自由に使っていいんだからな。遠慮するな」
二ノ宮の偉そうな口調に、片岡はクスリと笑ったが否定はしなかった。
それにしてもこの洋館、外見もそうだが中に入ってさらに驚いた。とにかく天井が高い。そして、壁も柱もすべてが重厚かつ上品で、さらに調度品一つをとってもその価値はおれには計り知れない。
片岡が席を外したのを見計らっておれは二ノ宮に尋ねた。
「この別荘、すごくないか?これ、あいつのものなのか?」
二ノ宮は、おれがその事情を知らないのを不思議に思ったらしく、眉をひそめたが、それでも正直に教えてくれた。
「峻のっつうか、あいつのオジサン所有だったんだ。とにかくオジサンは峻をかわいがってたらしいから。亡くなったときにあのマンションとこの別荘を譲り受けたらしい。名義が峻になってたんだって」
「オジサンって・・・金持ちだったわけ?」
「まああいつの家がそうじゃん?オジサン・・・あいつのオヤジさんの弟さんなわけだけど、オヤジさん・・・ってこっちはあいつのジイサンのほうな?・・・と反りが合わなくて飛び出したらしいから。結構有名な画家だったんだぜ?」
「画家・・・?」
「おうよ。この別荘はアトリエがわりってとこじゃねえのかな?画集だって何冊か出てるし、絵もあまり世にでてないから希少価値があるらしく、法外な値段がついたりするし。結婚もせずに亡くなっちまったから、そういうのも全部峻が管理してるらしい」
私立高校教師の薄月給だけでは無理だろうと思っていた、片岡の少し贅沢な暮らしっぷりの謎が解けたような気がした。
考えてみれば、片岡が自分のことを語ってくれたのは、ほんの一回だけだった。
おれのことは何でも知ってるのに不公平だと思わないでもなかったけれど、そんなの自然にわかることだと思っていたし、話すべきことならいつか片岡から話してくれるだろうとも思っていた。
それを本人以外から聞いてしまったことで、おれの心に重い何かが落っこちてきた。
「ところで部屋割りだけれど・・・」
戻ってきた片岡が問いかけるようにみんなの顔をぐるりと見やる。
広い敷地の割りに、訪問者が少ないのか、ゲストルームは3室らしかった。

「ぼくは圭と一緒がいい!」
陸がいのいちばんに元気良く答えた。
「じゃあ、陸はおれと一緒な」
何がどうなったのか、陸は圭にひっついて離れない。何なんだ?
「おれは康介と一緒でいいよ。そのほうが気楽だし。亮兄ちゃんは何かとウルサイからさ」
純平が面倒くさそうに答えた。つうことは・・・・・・
「成瀬はひとりでいいか?ちょうど一部屋だけダブル仕様になってるから」
「じゃあ、案内しますかね」
勝手知ったる二ノ宮は陸を連れて、多恵子さんは純平と康平を連れてリビングから出て行った。
「―――あんたは?」
「ん?」
「あんたの部屋はあるのか?」
今日初めてふたりっきりになったのに、おれの口をついたのはそんな台詞だった。

「あぁ、おれは叔父が使ってたアトリエ。ここにくるとそこがおれの部屋だから・・・」
ふ〜んと、鼻で返事をしたおれに、片岡は言った。

「来る・・・?」






                                                                       





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