蒼い夜






<2>








『で、オフクロさんは大丈夫そうなのか?』
合格の報告を兼ねて二ノ宮に連絡すると、心底心配してくれている思いが伝わってきた。
「まだ帰ってきてないし直接話もしてないけど、問題ないと思う。一応手紙ではある程度知らせてあるから」

『弟さんたちは?』
「みんなオフクロから口うるさく言われてるからな、高校卒業したら自立しろって。だからそれも心配ない。そんなに遠くに行くわけじゃないから」
『ならよかった。とにかく合格してよかったよ。これからどうするんだ?』
「バイトして少しでも稼ごうかと思ってる。引越し費用もいるから」
『何も持っていかなくていいんじゃねえの?おまえだけで峻は大喜びだぜ?今ごろ家具とか選んでるぜあいつ。あいつ結構尽くすタイプだかんな』






尽くすタイプ・・・そうかもしれない。
いつも大事にされてるって実感できるもんな・・・・・・






『ところでさ、どっか出かける約束したじゃん。あれ・・・みんなで旅行ってのはどう?』
「みんな・・・?」
『おうよ。おれとおまえと峻。それにおまえの弟さんたち。康介くんに純平くん、陸くんみんなでさ』
「はぁ〜?」
声を高くしたおれに二ノ宮はもっともらしい理由を告げる。
『みんな峻のことあんまし知らないんだろ?ちょうどいいじゃん。顔合わせ顔合わせ』
二ノ宮はおれの弟たちのことをかわいがってくれていて、弟たちも懐いてた。卒業式の日おれが片岡の家に外泊した時も、上手に弟たちを納得させて、一晩中付き合ってくれていた。
片岡もそんな風に弟たちと仲良くなってくれればうれしい。
おれは思った。

「わかった。きっとあいつらは喜ぶよ。でも―――」
『これは峻が言い出したんだから安心しろよな』
「えっ?」
『まああいつもいろいろ考えてるんだろな。それで行き先は・・・・・・』
「マジかよ〜?」
二ノ宮から聞かされたのは、金持ちの別荘がたくさんあるブルジョワ階級の避暑地で・・・
『峻のオジサンが残した別荘があるんだ。かなり広いしテニスコート付きだしすげえぞ?おれと峻が車を出すから・・・それでいいか?』
おれは、了承の返事をし、日程を相談し、電話を切った。
途端、大きく息をつく。

片岡が旧家のボンボンで、おれとは正反対の暮らしをしてきたことは本人から聞いていた。
デキのいい双子の兄に愛情を注ぐ両親と上手くいかず、家を出ていることも知っていた。
そして、そんな片岡を唯一かわいがってくれたのが、叔父さんであることも知っていた。
テニスコート付きの超有名避暑地の別荘。
おれが一生かかっても手にできそうにないモノを片岡が所有していることに、なぜか割り切れない自分がいた。
片岡をとても遠くに感じた。













「旅行〜?」
純平がから揚げを頬張りながら素っ頓狂な声を上げた。
「ああ、春休みに入ってすぐだけど、みんなでな」
「みんなで?ほんとに?」
陸はうれしさのあまり飛び上がりそうな勢いだ。
「おれたちだけじゃなくて、二ノ宮と・・・あと何回か来たことあるだろ?おれの先生」
「片岡・・・先生?」
康介がなぜか小さな声であいつの名前を口にした。
「そうそう。兄ちゃんさ、4月から一人暮らしするじゃん?一人暮らしじゃなくて、その片岡先生の家に居候させてもらうんだ。だからさっ、おまえらが気軽に遊びに来れるように仲良くなりたいんだって」
「片岡ってあのかっこいい先生だろ?亮兄ちゃん先生と仲良いんだな」
何の含みもなく言ったのだろう純平の言葉にも、おれはどきりとして適当に相槌を打った。
「圭も来るの?ぼく、うれしいな〜」
陸の言葉に驚いた。
け、圭だと?
いったいいつの間にそんな親しくなったんだよ???

「二ノ宮と片岡先生が車を出してくれるし、交通費の心配はない」
「つうかどこに行くのか肝心なことを言ってないよ、亮兄ちゃん」
純平のツッコミが入った。陸は目をキラキラ輝かせているし、逆に康介は戸惑っているように見えた。
「別荘だって」
「別荘〜?」再び純平の素っ頓狂な声。
「だから宿泊代もゼロ。すごいだろ?つうわけだから」
「旅行〜旅行〜」
純平と陸は浮かれ気分で、何やら騒いでいる。
「康介は・・・気が乗らないのか?」
「えっ?ううん?旅行なんて・・・いつぶりだろうって考えちゃった」

浮かれるもの無理はない。みんなで旅行なんてほとんど行った記憶がないっつうか、行ったことないかもしれない。
修学旅行の経験もない陸にとっては、初旅行・・・なのかも知れない。
「別荘広いらしいから・・・ゆっくり好きなことすればいい。無理に出かけたりしなくても、したいことをすればいいから。あんまり深く考えるなよ」
戸惑い気味の康介も、おれの言葉にささやかに笑って応えた。




                                                                       





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