蒼い夜






<1>








「兄ちゃん、すぐに連絡してよねっ」
「もし落ちてても・・・ちゃんと帰ってきてね」
「ばかっ、縁起でもないこと言うなっ陸っ」
弟たちに見送られ、おれはひとり大学へと向かった。
今日は、おれが受験した大学の合格発表当日。センター試験の結果からも自信はあったけれど、自分ができるくらいの問題なら、他の奴らだって楽勝だったかもしれない。
もし落ちていたら・・・・・・
受験料もバカにならないから、おれは志望校をひとつに絞った。
だから、今日掲示板に番号がない場合、それでジエンド。不況の中を就職活動が待っている。
そして・・・・・・
四月からの片岡との同居(同棲)生活も夢に終わる。
めったに緊張しないのに、人に聞こえやしないかと心配になるくらい、心臓がバクバク音をたてていた。










気がつくと、校門前。
どうやってたどり着いたかも覚えていない。

数分後に自分の進むべき道が決まるのかと思うと、足が竦んで動かない。
おれって結構小心者なんだな・・・・・・
ぐるぐるいろんなことが頭をまわり始めた時、片岡の声がした。







『おまえは合格する。絶対合格するよ』







おれが不安で堪らないのを知っているかのように、昨日ケータイ越しに何度も何度も呪文のように繰りかえし聞かせてくれた。
優しく柔らかなバリトンがす〜っとおれの緊張を奪ってゆく。
すでに受験生でごった返すその一角に早足で向かうと、教育学部の文字を探した。
歓喜の声や落胆の溜息の中を、自分の受験番号だけを追い求める。








あった・・・・・・








丸暗記していた番号――20344――
ポケットから受験票を取り出し、何度も何度も番号を確かめたが、間違いなかった。








おれ・・・大学生になれるんだ・・・・・・








自然と笑みが浮かび、しまりなく顔がにやけようになるのを堪え、帰路に着こうと校門まで戻ってきた時、細身で長身のとてつもなく端正な顔が、おれの目に飛び込んできた。
「先生・・・」
「合格おめでとう」
小走りに近づいたおれの頭をよしよしと撫でながら微笑む片岡は、心底うれしそうで、人前での子ども扱いに恥ずかしさを感じながらも、おれはその手の心地よさを感じていた。
「うん・・・・・・」
校門前の妙な雰囲気のデカイオトコふたりは、かなり目立っていたかもしれないが気にならなかった。
気にならなかったけど・・・・・・

「あんた、学校は・・・?」
そうだ!まだ春休みに入っていないこの時期、こいつはこんなところに来られるわけがないんだ。
「あ?あぁ、おれ今日は高熱でうなってることになってるから」
つうことは・・・・・・
「サボリかよ・・・?」
「人聞きの悪いことを言うな。おれはいつだって一番大事なことを優先するだけだ。卒業式の時にそれを痛いほど感じたからな」
片岡は、卒業式当日、学校でおれに会えなかったことを今でも気にしている。おれは片岡が教師であることを受け入れているから、生徒や保護者を優先に考えて当たり前だと思うのだが、こんな風に特別扱いしてくれたりするのは、くすぐったくて、うれしい。
「けど、誰かに見られたら・・・」
「ご心配なく。明倫館からここを受験したのはおまえだけ。すでにリサーチ済みだから」
「ならいいけど・・・おっ寒いっ」
まだまだ冷たい春風に思わず声を出すと、片岡がおれの手を引っ張った。
「とりあえず帰ろう。おれんところ来るか?それとも家まで送ろうか?」
家に帰ってもみんなまだ学校だし・・・・・・
「あんたんとこ・・・行く」
理由がどうであれ、片岡は今日一日フリーなんだから、別々に過ごすなんてもったいない。
乗りなれた車に乗り込むと、片岡は待っていたかのように口を開いた。
「オフクロさんの帰国は?」
「3月の終わり・・・かな?なんで?」
「なんでって・・・おまえと暮らすのにオフクロさんの許可なしじゃマズイだろ?それにきちんと挨拶もしなきゃな」
そうだ!4月からおれ、こいつとずっと一緒なんだ・・・
一緒にメシ食って、一緒にリビングでまったり寛いで、帰りの時間を気にすることもなくて、夜寝る時も朝起きたときもこいつが隣りにいて・・・・・・
隣りのシートに目を移すと、片岡がじっとおれを見ているから、心を見透かされてしまったようで恥ずかしくて、羞恥を振り払うのように、おれはおどけて見せた。
「挨拶って、なんかプロポーズの挨拶みたいじゃねえ?『お嬢さんをぼくにくださいっ』なんつって!」
ハハハと笑い飛ばしたかったのに、さらに真剣な眼差しで、片岡はおれを見つめいた。
「そのつもりだけど?おれ、おまえのこと手放す気は全然ないし」
「せんせい・・・」
「もう先生じゃないだろ?名前で呼べ名前で」
おれが黙り込むと、片岡はプッと吹きだした。
「おまえの困ってる顔もかわいいな〜」
「か、かわいいって言うな―――んんっ・・・・」
くちびるを塞がれて、身体の力が抜けた。シートに押さえつけられ歯列を割って入ってくる片岡の舌を、おれは夢中で追いかけた。卒業式の夜以来のキスに、自然と腕が片岡の頭に回り、離れていかないように引き寄せる。
濡れた音が車内に響き、ますます気持ちを高ぶらせた。
「きっとオフクロは手放しで賛成するぜ?早くみんな自立しろってうるさいから。それにあんたのファンみたいだからさ」
「ファン・・・?」
「一年の時担任だったろ?かっこいいかっこいいって連発してたし」
「ふ〜ん・・・親子揃って好みのタイプは一緒か・・・?」
揄いまじりに冷やかす片岡に、おれは一撃を食らわせた。



                                                                       





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