蒼い夜






<10>








久しぶりに身体を重ねたためか、かなり敏感になっていて、ほんの少しの愛撫にさえもどんどん高められてゆく。
「・・・んっ・・・ンっ・・・・・・」
くちびるを噛みしめ、声を出さないように堪えようとしても、どうしても喉の奥から漏れてしまう。
身体を滑り落ちる指が、柔らかなくちびるが、ざらついた舌が、おれの意識を飛ばそうとするのを必死でやり過ごす。
目を閉じると余計に想像力が働いて感じてしまうから、おれは目を開けた。
片岡の肩越しに、天窓に映る無数に輝く星が見えた。ひとつの明かりもないこの部屋を照らすのは窓から差し込む月明かりだけ。床に映った影が、ふたりの痴態を映し出していた。
「声出しても大丈夫だが?向こうまで聞こえやしないから」
甘く囁かれても、おれは必死で我慢した。
すると、余計に片岡の動きが激しくなり、おれのいやらしい声を引き出そうとする。
「や、やめ・・・あっ、アッ・・・・・・」
おれの身体を知り尽くしているため、確実におれの感じる部分を責めてくる。
「ほんとにやめていいのか・・・?亮・・・?」

そう言って、中途半端なままおれの身体から手を離す。
こういう時の片岡は本当に意地悪だ。面白がっているとしか思えない。
「だめっ、やめるなよっ!」
「ならもっと素直になれよ・・・キモチいいだろ?ほら・・・」
「あぁっ、あっ・・・ん・・・」
「そうだ・・・亮・・・そのほうがかわいい・・・・・・」
普段なら納得できないかわいいという台詞にくすぐったくなる。
素直になればより感じることも知っている。全部片岡が教えてくれた。
どんなに恥ずかしい格好をさせられても、どんなにいやらしい声を上げても、片岡になら見られても聞かれてもいい。
かわいい、好きだ、愛してる、亮、と囁かれ、身体を、耳を、全身を愛撫され、どんどん大胆になってゆく。
自らも手を伸ばし片岡を求め、その存在を確認するように肌に手を滑らせる。
十分に解された場所に熱を受け入れる瞬間にだけはどうしても慣れなくて、悲鳴まがいの声を上げてしまうそうになるのを堪えようと、一段と強くくちびるを噛みしめれば、覆いかぶさってきた片岡のキスにくちびるまでもが蕩かされてしまう。
繋がった箇所がなじむまで顔中に散りばめられるキスは、片岡に愛されていることを実感させてくれる。
シーツの上で重ね合わせた手に力をこめれば、ギュッと握り返してくれた。
優しく揺さぶられながら、うっすらと目を開けて、片岡を確認する。
おれはセックスの最中の片岡の表情が好きだ。
獰猛さと優しさが混在する、おれしか見ることができない、欲望を隠さない無防備な表情が。
いつまでこの顔を見続けられるのかはわからないけれど。
このぬくもりをいつまでも独占できるなんて思ってはいけないのだ。
視界の端にキャンバスを認め、おれの心の中に初めて罪悪感が生まれた。
与えられた愛情に甘やかされて、周りのことなんてあまり考えたことがなかった。
初めての恋愛について行くのが精一杯だったから。
人並みにやきもちを焼いたりもしたけれど、最後は片岡の言葉に安心することができた。
だけど・・・・・・
一緒に暮らそうと言われて無邪気に喜んだ数日前の自分を懐かしく、愚かに思った。
いろんなことを知った今、気持ちの変化を止めることはできない。
だからこの瞬間さえも逃してはいけないのだ。
どんなことにも後悔しないために。







「あ、あぁ・・・・・アッ、あぁ・・・・・・ん・・・・・・」
自分の身体の中を行き来する片岡の熱が愛しくて、心に鬱積する気持ちを振り払うように自然のままに振舞う。
「イイ?なぁ・・・おれ、イイ・・・?」
確認するように聞くと、蕩けるような笑顔をくれる。
叔父さんのアトリエで、こんな行為にふけるおれたちに、天罰が下るかもしれない。
天から見ているだろう叔父さんも、きっと怒りを露わにしているだろう。
けれど・・・
今だけは、許して欲しい。
いつか、全部償うから・・・おれが全部引き受けるから・・・・・・
快感のあまりの涙なのか、それとも背徳行為への謝罪の涙なのか、いいようの知れない感情が心をぐちゃぐちゃにかき回し、瞳からあふれ、頬を伝う。
「どうした・・・?」
動きを止め、涙を舐めとった片岡の優しい囁きが、おれに火をつけた。
「何でもないから・・・もっとして?優しくしなくていいから!酷くしていいから!もっともっと感じさせてくれよ!何もかもわからなくなるくらいに!」
「―――亮・・・?」
戸惑いながらおれを見下ろす片岡を抱き寄せ、くちびるを重ね、舌を絡ませると、おれの中の片岡がぴくりを反応した。
「なっ?もっと・・・あんたでおれをいっぱいにしてくれよ・・・?」
その言葉に煽られたのか、激しいくちづけをおれに返すと、片岡はふわりと笑った。
「亮が望むなら何だってしてやるよ・・・」
この瞬間は、片岡はおれのモノだ・・・心も身体も・・・・・・
おれは、おれを組し抱き、汗を滴らせる片岡の身体にギュッとしがみついた。
いつまで続くかわからない、この恋愛だけれど、それだからこそ、一瞬一瞬を大切にしたい。
隅から隅まで、この愛する人を感じて置きたい。何があっても忘れないように・・・・・・
目を開けば、愛する人の肩越しに見える星空。こんなシチュエーションで夜空を拝むことはもうないかも知れないな・・・
おれは、押し寄せる快楽に溺れながら、しっかりと瞬く星たちをその瞼に焼きつけた。
それは・・・今まで見た中で、いちばん綺麗でいちばん悲しい星空だった。












                                                                       





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