蒼い夜






<11>








「亮、大丈夫か・・・?」
おれの望む通りに、我を忘れるくらいに愛してくれたのに、おれを気遣う片岡の優しさに胸がズキンと疼いた。
「平気・・・すごくよかったから・・・」
本当にすごかった。いつもは冷静な片岡のあんな姿を見たのは・・・初めてだった。
「おれも・・・すごくよかった・・・かわいい亮をたくさん見れたからな」
そう言っておれの髪にくちびるを埋め、優しく指で梳いていた片岡が突然立ち上がった。
だるくて身体が動かないから、目だけでその動きを追っていると、何かを手に戻ってきた。
おれの背中に手を差し込むと、いたわるようにゆっくり身体を起こしてくれ、おれの正面に座った。
「これやるよ・・・?」
目の前にぶらさがったものは、親指くらいの大きさのものだったけど、何せ薄暗がりの中ではよく見えなくて、おれはそれを手に取った。
「何これ・・・?」
麻の紐のようなものが素材の大の字の形のそれはひとがたのようだ。頭の部分から飾り紐が出ているから、マスコットか何かで、どこかにぶら下げるようになっているらしい。
小さいけれど不気味な感が拭えないのは・・・・・・
「何か、呪いのわら人形みたいじゃねえ?」
そう、形がそっくりだったのだ。といっても本物なんて見たことないんだけれど。
「おれがそんなものおまえにやるわけないだろうが、バカ」
クスリと笑いながら頭をコツンと小突かれ、その甘い雰囲気におれは照れくさくなり片岡から視線を反らした。
「一種のお守りだな。ジュートで編んであるんだ。よく見ると胸にハートの印があるだろ?」
目を凝らして見ると、その通り、赤く染められたジュートでハートが縫い付けられていた。
「片思いの人は願いごとが叶う。恋人同士で持っていると絆が深まるんだって」
「じゃああんたも持ってるわけ?」
「当たり前じゃん。ほら」
ケータイのストラップよろしく、それはシルバーのケータイにぶら下がっていた。
いつもビシッとスーツで決めている片岡のポケットから、このマスコットがぶら下がったケータイが出てきたら・・・ミスマッチ過ぎて、想像しただけでおかしかった。
「あんた、乙女チックだったんだな」
からかいまじりにおれが言うと「うるさいっ」と照れたようにおれを睨みつけたけど、その顔がかわいくておれはさらにクスクスと笑った。
「ほんとはさ・・・」
真剣な口調になった片岡に、おれは笑うのをやめた。
「おれたちは結婚できないからな。別にそんなものは紙上の契約みたいなもんだからかまわないんだが、何かこう形のあるものをおまえにやりたかったんだ。かっこよく指輪とかプレゼントしたかったんだけど、おまえそういう高価なモノは嫌がるだろ?」
片岡は、言葉を区切り、大きく深呼吸した。
「一緒に住もうと言ったのは、そういう意味でもあるんだ。おれは、おまえと・・・成瀬亮と一生一緒にいたい」
その言葉がおれの頭でやまびこのようにこだました。胸が震え、息が止まりそうに苦しくなる。
「けど・・・」
言おうか言うまいか迷っているようだったが、意を決したようにその先を続けた。
「おまえはまだ18だし、これからおれよりいいヤツと出会うかもしれない。おれはおまえを簡単に手放す気は全くないけれど、縛り付ける気もないんだ。いつでも自由でいて欲しいと思ってる。だから指輪なんかでおれのものだなんて拘束したくなかった」
いい訳みたいだけどって自嘲気味に笑う片岡に、おれはまるで体当たりでも食らわすかのようにむしゃぶり抱きつくと、片岡は何も言わずに、背中をポンポンと叩いてさすってくれた。
そして、おれの心を見透かしたように、優しい声で囁いた。
「おれは、亮を幸せにできる、絶対に幸せにしてみせるから・・・おれのそばにいてくれ」
息がつまりそうだった。







片岡はおれが欲しい言葉をいつだってくれる。
片岡の言葉は正しい。
きっとおれを幸せにしてくれるのは、片岡しかいない。

けれど、片岡を幸せにできるのは、おれじゃないかもしれない。
ここに来る前のおれだったら、感激のあまり涙を流して喜んだであろう。
何もわかっちゃいなかった、数日前のおれならば・・・・・・
どうすればいい・・・?おれはどうすれば・・・・・・
躊躇いを見せたおれの頬を両手で包みこむと、顔を上げさせ瞳を覗き込んだ。
「おれを・・・愛してくれてない?」
「そんなことないっ!」
おれは即座に否定した。
「おれだって・・・あんたが好きだ。あんた以上に好きなヤツなんてできそうにないくらい・・・あんたが好きだ」
それは本当。
一緒に歩いていくことができなくなっても、おれは片岡をずっと好きでいるだろう。

「じゃあ、問題ない。おれは成瀬亮を愛している・・・おまえは?」
「おれも・・・あんたを・・・片岡峻哉を愛している・・・」
お互いの瞳に引き寄せられるようにくちびるが重なった。それはふれるだけの誓いのキスのようだった。
「なんかままごとみたいだな・・・」
おれを抱き寄せふんわり包み込む片岡の腕の中で、手に握っていた人形を眺め見た。
「指輪じゃないってところがおれたちらしくていいじゃん?」
そばにいてくれといいながらも、おれに逃げ道を残してくれる片岡の思いやりに、おれは愛されているんだと実感した。
もしかして、おれだけじゃなくて、片岡も感じているのかもしれない。
ずっと一緒にいたい、幸せにしたいと言葉にするのは、その不安を振り払う手段なのかもしれない。
おれは、それならそれでいいと思った。
ままごとのような同棲生活でもいい。
一緒に生活して、とことん愛し合って、それでも束縛し合わないという逃げ道を残した恋愛。
おれはきっとその逃げ道を使う時がくるだろう。
けどその時までは、このぬくもりはおれだけのものであって欲しい。
おれ、絶対こいつを苦しめたりしないから・・・
おれは一生会うことのない、このアトリエの主人に、誓いを立てた。
窓の外では、明日開花するかもしれないさくらが、月明かりにぼんやり照らし出されていた。












                                                                       





back next novels top top