夏のかけら
 その七








とりあえず、軽〜く運動して・・・それからケーキでも食べよう・・・
そう決めて風呂から出ると、布団にへたり込んでいる片岡が目に入った。
ただ横になっているというふうには見えない。
ぐったりしているようにおれの目には映った。

「おい・・・ぐあいでも悪いのか?」
傍らに膝をついて身体に触れると、片岡はびっくりしたように身体を起こした。
「あぁ、上がったのか?悪い悪い、何でもない・・・」
そう言って笑いながらおれを胸に抱き寄せた。
「何か・・・熱くない?」
「風呂上りだからだろ?」
身体を離すと、肩に掛けていたタオルで、濡れたままの髪をガシガシと拭いてくれる。
おれはこいつに髪をふいてもらうのが大好きで、いつもわざと雫を滴らせて風呂から出てくる。
そしてこいつもそれをわかっていながら何も言わず、当然のようにおれの希望を叶えてくれる。

そしてそれが合図のように、お互い身体を寄せ合うのだが・・・突然片岡の手が止まる。
「・・・・・・?」
「―――悪い・・・やっぱ少しだけ横にならせてくれ・・・・・・」
タオルを取り払ったおれのくちびるに優しく自分のそれをふれさせると、微かに笑みを浮かべながらおれの髪をくしゃりと撫で、そのまま布団に倒れこんだ。
「おいっ、だ、大丈夫・・・かよ・・・?」
「ん・・・しばらく横になれば・・・・・・」
片岡と暮らし始めて、おれはこいつがかなりの健康体であることを知った。
軽い風邪ならひいたことはあるが、発熱したことも寝込んだことも一度もない。
だからこんな弱々しい片岡を見るのは・・・初めてだった。

頬にふれてみると・・・いつもより熱い。
体調の悪さといい、これはもう風呂上りの火照りの域を超えている。

そういえば、ここに到着してこいつにふれたとき、身体が熱かったことを思い出した。
「ねっ、熱があるじゃん。どこか痛いとことかは?吐き気は?」
体調の悪い人間なんて弟の看病なんかで見慣れているはずなのに、不安で不安でどうしようもなくて、片岡が口を利くのも億劫になっているのを感じつつも、話しかけずにいられなかった。
「大丈夫だって・・・ちょっと疲れただけだから。心配すんな・・・」
背を向けていた身体を捩っておれの方に向き直ると、おれの膝をポンポンと叩いてそこにあった手を握る。
「でもっ・・・」
「おまえがそばにいてくれたら・・・すぐよくなるから・・・だから・・・」
そこで声が途切れ、片岡は目を閉じてしまった。
もしかして、ずっと体調がよくなかったのだろうか?
遅くに摂った昼食も、おれが半分ほど食ってしまった覚えがある。
さっき終えたばかりの夕食も、おいしいと箸を動かしているように見えたが、よくよく思い起こせばおればかりが食っていたように思えた。

ここのところ忙しそうなのはわかっていた。
この旅行が終われば、外部受験を目指している三年生の夏期講習が実施されるため、その準備に追われていて、毎日遅くまで教材準備に余念がなかった。

それでも、疲れた素振りは全く見せなかったし、おれもこいつがタフだと思い込んでいたから、気にかけることもなかったのだ。
それよりも、この旅行のことで頭がいっぱいで、気遣いすら忘れていたのだ。

とにかく熱を冷まそうと、薬局に買出しに行こうとしたけれど、握った手を離してくれない。
意識を失ったかのように、すっかり眠り込んでいるはずなのに、込められた力はかなりのものだった。

そして、おれには、その手を振りほどくことが・・・できなかった。






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