夏のかけら
 その陸








夕飯はそれは見事な懐石料理だった。
酒を飲むからと告げていたので、酒の肴にぴったりの料理がテーブルに並べられた。

うまいうまいと上機嫌で箸を運ぶ片岡にホッとした。
それなりに評判の旅館だし、それなりに値段だって張るから、不味いものを出すなんて思ってはいなかったけれど、それぞれ好みというものがある。
まぁ一人暮らし中は、テイクアウトの弁当ばかり食っていたらしいから、心配はしていなかったが、今まで片岡に連れて行ってもらった料理屋で不味いものはなかったので、不安と言えば不安だったのだ。

途中から酒を飲み始めた片岡は、おれに自分の分の料理を回してくれたけれど、それは口に合わないからじゃないということぐらいはわかっていた。
先に風呂に入っていなかったことを思い出し、飲酒もほどほどにしてとりあえず風呂に入ることにした。
部屋の片づけを頼んでおいて1階の浴場に行ってみると、かなり混んでいた。
風呂がメインの温泉旅館ではないので、さほど大きくないのだ。
仕方ないので部屋の風呂を使うことにし、ロビーで少し時間を潰してから部屋に戻ってみると、すでにきちんと布団が敷かれていて、残った料理は大皿にひとまとめにされ、お酒と一緒にテーブルに載せられていた。

片岡に先に風呂を使うように勧めて、その後風呂に入る。
湯を張っておいてくれたようで、湯船の中に身を沈めて今日一日を振り返る。
片岡はこんな旅行で満足してくれたのだろうか。
あれこれ考えた割には、思い描いていた予定の半分以上消化できていないような気がする。
鎌倉ならもっともっと観光できる場所もあっただろうに、結局は少ししか回れなかった。
忙しない時間はイヤだと思っていたのは事実だが、考えればもっと時間を有効に使えたかもしれない。

そして、明日の予定を頭に巡らす。
そういや、蓮の開花を見に行こうとか言ってなかったっけな?
そしたら、朝が早いから・・・今日の夜は大人しく寝るのか?
片岡はそれで満足するのだろうか・・・つうか、おれが満足できるのか?なんて考えてひとり赤くなる。
そりゃ一緒に眠っていて、毎日イタしているわけではないが、旅先といういつもと違うシチュエーションでは、何だかんだいいながらも抱き合っているのが事実だ。
それに今日は片岡の誕生日。
乙女っぽいけれど、こういう記念日には、愛を確かめ合いたい・・・
いやいや別に何もしなくても愛を確かめ合う方法はあるだろうけど・・・・・・

おれから誘ってみようか・・・?
勤労学生であるおれは、この旅行費用でいっぱいいっぱいでプレゼントを用意していなかった。
できなかったといったほうが正しい。

おれの身体をプレゼント・・・なんつって!
あまりに古臭い考えに辟易しながらも、その気になっている自分もいる。
いざとなったら明日の運転はヤツに変わってもらえばいい。

おしっ!
気合いを入れると、身体をピカピカに磨くために、おれは備え付けのボディーソープを使いまくったのだった。






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