夏のかけら
 その伍








誕生日といえばバースデーケーキだろうと、フロントで鎌倉一おいしいケーキ屋を紹介してもらうことにした。
連れが誕生日なんだと伝えると、店に電話を入れてホールケーキの取り置きをお願いしてくれた。
おれたちは兄弟ということでチェックインしているため、「仲がおよろしいですね」なんて笑顔でのたまわれ、照れるしかなかった。

紹介してもらったケーキ屋は威風堂々とした洋館で、店内は客でいっぱいだった。
白い壁の店内には、一目で高級だとわかるアンティーク家具が並び、大理石のテーブルがゆったりと設置されている。
そして店員に見せられたケーキは、お決まりのコドモっぽい生クリームどっさりタイプではなく、フルーツが彩りよく飾りつけられてはいるものの、小ぶりで上品な、オトナっぽいケーキだった。
きっと旅館の人がおれたちに見合った店を紹介してくれたのだろう。

その気遣いがうれしくて、旅館につくと早速礼を述べた。
すると、厨房の冷蔵庫にケーキを預かってくれるだけでなく、お召し上がりの際にはおいしいコーヒーをお持ちしますなんて、心にくいくらいのサービスを提供される。

もちろん拒む理由なんてなく、その際にはフロントに連絡を入れることを約束した。
そろそろ夕飯の時間だなぁなんて思いながら部屋に戻ると、片岡は疲れたのか眠り込んでいた。
畳の上で身体を横にして、座布団を半分に折り曲げて枕にしている。
家ではベッドを使っているけれど、本当はおれもこいつも畳が大好きなのだ。
だから宿泊は自然と旅館が多くなる。

傍らに座ってその寝顔を眺める。
端正な顔立ちだとつくづく思う。
実はこんな風にこいつの寝顔をじっくり見たことがない。
毎日同じベッドで眠っているのに、こいつはいつだっておれより先に起きているし、先に寝ることもない。
目を覚ますとじっとみつめられていることはしばしばあるのだけれど。

好きな人の寝顔というのは、安らぎを与えてくれるらしい。
眺めているだけで胸が締め付けられるような、それでいてほんわか温かいような優しい気持ちになる。
どちらも幸せな気分であることには変わりはない。

無意識に伸ばした指が、片岡の頬を捉える。
少し熱いと感じたのは効き過ぎの感のある冷房のせいだろうか。
立ち上がると温度設定を若干高くした。

「帰ってたのか?」
背後で声がした。
寝起きのせいか少し掠れている声は、セクシーさを孕んでいて、自然と胸が高鳴る。

「ついさっきね。ひとりにしてゴメン。でもよく眠れたろ?」
差し伸べられた手を引っ張りあげると、片岡は身を起こした。
今度はそのまま逆に腕を引っ張られ、向かいに腰を下ろすと、見慣れた顔が近づいている。
キスの予感に目を閉じると、上唇を柔らかな熱が啄んでゆく。
お互いの情熱をぶつけ合うような濃厚なくちづけは、我を忘れさせてくれるのだが、こういう優しいキスは意識がしっかりしているだけに恥ずかしくてたまらない。

「んだよ、突然・・・」
目を合わせるのも照れくさくて、俯き加減に口をつくのはそんな言葉だけれど、片岡ももう慣れているのか、別段表情を変えることもない。
「目覚めのキスしないと目が覚めないから・・・」
こいつを前にもう恥ずかしがることなんてないはずなのに、どうしても甘い雰囲気は苦手だ。
でも、イヤじゃないという自覚があるから、人間の心は厄介なものだとつくづく思う。

「あんたは眠り姫かよ」
「おれが姫ならおまえからキスしてくれなくちゃな」
顔を上げるとにやけた表情でおれの瞳を覗きこむ。
反応を楽しんでいるのがありありとわかった。
普段ならここで突き放してしまうのだか、それだと思う壺のように思えて、おれは言う通りそのくちびるにキスしてやった。

バースデーサービスだと言わんばかりに数回くちびるを啄んでやると、それに合わせておれのくちびるを吸ってくる。
そのテクニックに翻弄され、結局主導権は向こうのものになってしまう。

「ち、ちょっと!」
深くなりつつあるくちづけを拒むと、片岡の身体を押しやった。
「何・・・?」
強引に顔を寄せる片岡を懸命に押さえる。
「だからっ!もうすぐ夕飯だし!や、やめろって!」
このまま流されてはいけないと、心が叫んでいた。
困ったことに身体の方は臨戦態勢が整っているのだが。

いつになく熱い片岡の身体が、おれの身体をも熱くしているようだ。
無理やり立ち上がると、さっき設定を上げたクーラーの温度をまたまた下げる。
「まっ、そう急がなくても・・・いいか!」
すんなり諦めた片岡の台詞と同時に、夕飯の準備の電話が鳴った。






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