夏のかけら
 その弐








「それにしても、狭苦しいな〜」
大人の男ふたりが乗るには手狭すぎるミニクーパー。
クーラーをギンギンに効かせているはずなのに、密度が高いのかあまり涼しくない。

「仕方ないだろ?ビーエムかミニかって言われたらこっちしかねえじゃん!初心者にでっかいビーエムを操れっていうのか?」
無事に免許を取得し、二ノ宮に付き合ってもらって何度かのドライブを経験し今日に至る。
「だから、おれの車にすれば良かっただろ?」
「それじゃあ、意味ないっての!あんた、今日一日はおれにくれるっつったんだから、文句言うなよな!あ〜もう気が散るから話しかけないで!」
むだ口を叩きながら運転できるほど余裕のないおれは、ひたすら前方を凝視していた。
「そうだったな。今日はおまえがおれをデートに誘ってくれたんだったっけな!いやぁ楽しみだなぁ。何といっても、おまえがおれを誘ってくれるのは初めてだもんな〜いやいや楽しみ楽しみ」
茶化されているようでムカッときたが、鼻歌でも飛び出しそうな勢いの片岡は何だか嬉しそうだった。
もちろんおれにその表情を確かめるような余裕は全くないのだけれど・・・




















国道に出ると二車線三車線は当たり前である。
おれはどうも右折が苦手だ。
教習所に通っている時からそうだったのだが、
どうも後ろの車を自分が止めているような気になり、早く曲がろうと焦ってしまう。
もうひとつ言えば、車線変更も苦手だ。
これまた後ろの車が気になってなかなか変更できない。

「あ〜っ、後ろから来てるだろ?よく確認してから左に寄れよ!」
「わ、わかってるよ!」
「う、後ろばっか見てんな!前を見ろ前を!車間距離が狭すぎる!」
「だから、わかってる―――」
「そら今だ!指示器出して!遅いって!」
小さな密室に焦りの空気が漂い始める。
片岡は身を捩って前後を振り返っては大声をあげる。

「あ〜もう!運転変われ!」
「絶対ダメ!練習しねえとうまくならないだろ?大丈夫だってば!まだ事故ったこともトラブったこともないからさ〜」
右折と車線変更が苦手でも、そんなもの慣れれば平気になるはず。
それに教習所の教官には運転のセンスがあると褒められっぱなしだったのだ。
今は余裕がないけれど、そのうちに片手でも運転できるようになるさ。

しかし、片岡がこんなにうるさいヤツだとは知らなかった。
意外な発見が嬉しい。
ああだこうだとうるさかった片岡も、国道を抜けると安心したのか大人しくなった。
「なあ、鎌倉って行ったことある?」
それは結構気になっていたことだった。
何度訪れても飽きない街だとは言うけれど、やっぱり確かめておきたい。

「それが、ないんだよな〜だからかなり楽しみなんだ」
「マジで?」
意外な返答に声が上ずる。
「ほら、叔父が軽井沢を愛してからな。あっち方面ばっかりなんだよ」
「じゃあ、行きたいところある?」
てっきり鎌倉は経験済みだと思っていたため、はっきりしたプランを考えてはいなかったのだ。
適当にブラブラするのもいいなあなんて考えていたから。

鎌倉は由緒ある寺院が多い街だし、観光するには事欠かない。
「あれ?おまえが案内してくれるんじゃないのか?」
「ま、まぁそうなんだけど・・・せかせか観光ってのもどうかと思ってさ。行きたい場所を絞り込んでゆっくりまったりって考えてたもんだから・・・」
「じゃあそれでいい。今日はおまえに全て任せるから。期待してるよ?」






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