新しい朝





第六話
〜片岡side〜






服を着替えようと寝室へ向かおうとすると、ダイニングテーブルに食器を運んできた成瀬がダメだと言う。
自分も制服なんだから、おまけにディナーなんだから正装でなんて笑うから、おれはそのままダイニングの椅子に座った。

よく用意できたものだと感心する。
さすがに料理が得意なことだけある。
生ハムとマグロのオードブル、海鮮サラダ、鮭のクリームパスタ、フランスパンまでかごに入っている。

「ホワイトソースも自家製だぜ?」
得意げな成瀬に、おれの目尻が下がる。
ワインを開けようとすると、成瀬が止めた。

「大事な話があるんだろ?アルコールは話のあとあと!とにかく食おう」
学校で見た、憂いを帯びたように思えた成瀬とは大違い。
あれはおれの気のせいなんだろうか・・・?

成瀬の料理はお世辞抜きでうまい。
店でも持てるんじゃないかってくらい、色彩のセンスもよく盛り付けられていて、使わないのに買うのが好きなおれの自慢の皿たちも、喜んでいるに違いない。

「そういえば、このスーツ買いに行った店の店員、あなたに着てもらえてスーツも喜んでいるなんて言うんだぜ?べた過ぎるけど、そういわれるとうれしいもんで、買っちまったんだ、これ」
「それって・・・そのネクタイと同じブランドだろ。その店員って、若いのに渋めの服着てなかった?」
「何で知ってる・・・あっ、この辺でこのブランドはここしかない・・・か?」
「おれもそこで買ったとき、そんなススメ方されたぜ?」
「おれは、このネクタイ持って行って見せたから・・・繋がったんだろうか?おれとおまえが」
「たぶんね」

おかしそうに成瀬が笑うから、おれもつられて笑いが漏れた。
「でも・・・マジでうれしかった・・・今日そのネクタイ見た時・・・・・・」
照れくさいのか、パスタをぐりぐりフォークに巻きつけながら、成瀬が言った。
ああ、このでかいダイニングテーブルが忌々しい!
しばし食べることに専念し、テーブルの上の皿が綺麗になった時だった。
「なあ、写真撮ろうぜ、写真!」
立ち上がり、カバンから『写ルンです』を取り出した成瀬に、おれがデジタルカメラがあるからそれでと言うと、これでいいんだと聞かない。
おれに頬を寄せて腕を伸ばした成瀬は、「笑えよな〜」なんて言いながらシャッターを押した。

「次はあんた撮ってやるよ!」
「お、おれ?いらねえよっ!」
どうしておれがひとりでポーズを決めなきゃならない?
「いいじゃん!今日のあんた、かっこいいからさ、記念記念!」
・・・かっこいいと言われちゃ仕方がない。
成瀬はおれを白い壁に立たせると、シャッターを切った。

次は成瀬の番だ。
おれは成瀬を残してリビングから消えると、買ってきた花束を成瀬に渡した。
「卒業おめでとう。花なんていらないかもしれないけど・・・今日くらいいいだろう?花束もらったって・・・」
花なんてわからないから、店員に弟の卒業祝いだと偽って選んでもらった。
淡いブルーと白を基調としたとても上品でさわやかな、イメージ通りの花束となった。

『花なんてオンナみてえじゃん』
なんて抵抗するかと思いきや、成瀬はうれしそうにそれを両手に抱え、顔を埋めた。
「いいにおいじゃん?花って生きてるんだな〜」
うわっ、すっげえかわいくないか?
今さらながら、ドキドキ心臓が高鳴った。
「今度はおまえを撮ってやるから、カメラ貸せよ」
花束を抱えた成瀬を、バシバシ撮りまくった。
まるで卒園式のおやじのようだと、成瀬は笑いながらもうれしそうだった。

それにしても、今日の成瀬はいつもと違う。
悪い意味で素直と言うか・・・
おれにとってはうれしいことなのだが、調子が狂うといえば狂う。

学校でおれを見下ろしていた淋しげな顔と、今おれの前で笑っている顔がダブって見えるのはなぜだろう。
全く違う表情のはずなのに・・・・・・

受験勉強で疲れているのだろうか?
そんな時にあの話をするのはマズイか・・・

でもおれは決めていた。
成瀬の卒業式に思いを告げようと。
だから、会えない日が続いても待つことができたんだ。




「成瀬・・・話があるんだが・・・・・・」



おれが告げると、刹那、表情を強張らせたが、それでも花をテーブルに大事に置いて、床に座り込んだ。









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