新しい朝





第五話
〜片岡side〜






最後のホームルームを終えた卒業生が、わらわらと中庭に集まってくる。
毎年この中庭で、最後の別れを惜しむのな恒例となっていた。

おれは成瀬の姿を探した。
どうせ数時間後には会えるのだけれど、どうしても話がしたかった。
向き合って顔が見たかった。

「片岡先生、一緒に写真におさまってもらえませんか?」
以前、おれに好きだと告げてきた生徒が、はにかみながら近寄ってきた。
本当なら相手などしたくないのだが、卒業生にとっては、たった1枚の写真も想い出になることくらい、腐った教師のおれにもわかるから、無下に断ることもできず、フレームにおさまってやった。
すると、どこから湧いてでたのか、どんどん写真を頼まれ、おれは中庭に釘付けになってしまった。

「片岡先生は、モテますな〜」
年配の教師にからかわれながら、依頼される撮影を消化することだけを考えていた。
ふと視線を感じ、校舎を見上げると、そこに成瀬の姿を発見した。
新しい眼鏡は度がぴったり合っていて、淋しそうな成瀬の表情まで見えてしまった。

もう我慢できなくなったおれは、卒業生を振り切ろうとしたのに、今度はどこの誰だかわからない、化粧ばばあの集団に取り囲まれた。
さすがのおれも、保護者に冷たい態度は取れなかった。
愛想笑いですばやくフレームにおさまり、用事があるからと、さっき成瀬を見つけたあの場所へと急いだけれど、すでに姿はなかった。

こんな時に、教師であり、学校という職場組織の一員であることから
抜けられなかった自分に腹が立った。

成瀬との出会いの場となった、この学校で、成瀬の卒業を、ほんの少しでも祝福したかった。
オトナぶって、友達と別れを惜しんでからおれのところに来いだなんて余裕をかまして、ほんとは余裕なんてなくて、何がなんでもおれのところにいちばんに来いって言いたいのに言えなかった自分が情けない。
成瀬がいたと思われる場所の窓を開け、中庭を見下ろした。
まだ、別れを惜しむ卒業生たちが騒いでいる。

成瀬は、何を思って、ここから愛想笑いを浮かべるおれを見ていたのだろう・・・
いてもたってもいられなくて、おれは成瀬の待つマンションへと帰ることにした。



職員室に戻り、帰り支度を整えようとすると、今度は受験を控えた卒業生につかまった。
卒業式だというのに問題集を持参し、質問を浴びせる生徒は、
卒業生ではなくすでに受験生の顔だった。
おれは、延々と一時間、そいつの臨時補習に付き合う羽目になった。






やっとマンション着くと、すでに夕方だった。
地下の駐車場に車を停めると、大きく息をつく。
どう切り出そうか・・・
ガラにもなく弱気になる。
断られたら・・・悪いことばかりが頭に浮かんでは消えた。

ふとミラーに映った自分を見てびっくりした。
なんて余裕のない顔をしてるんだろう。
せっかく成瀬から貰ったネクタイも、それに合わせて買ったスーツも、貧素に見えてしまう。

今日は成瀬の卒業祝いなのに、こんなんじゃだめだ!
びしっと気を引き締めて、おれはエレベーターに乗り込んだ。





カギのかかっていない玄関のドアを開けると、綺麗に磨かれた成瀬の革靴。
やっとふたりっきりだと胸躍らせて廊下を突き進み、リビングのドアを押し開けた。

「おかえり〜」
床に座り込んで、英単とにらめっこしていたらしい成瀬が顔を上げ、おれに近づいてくる。
「今日・・・このネクタイしてくれてありがとな・・・・・・」
ネクタイに伸びた手を反射的に掴んでしまったおれを、びっくりしたように見上げた成瀬の瞳が、憂いを含んでいるように見えて、掴んだ手を引き寄せると、成瀬は抵抗なくおれの肩口に頬を乗せた。
「いやに素直じゃないか」
髪を撫でると、くすっと笑って「たまにはいいじゃん」て囁いた。
久しぶりに成瀬にふれて、胸が身体がズキンと疼くが、我慢して身体を離した。
「なあ、腹減ってない?おれ、パスタ作っておいたんだ。食べる?」
頷くと、うれしそうにキッチンへと消えていった。










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